■人権を考えるときに: 芦部信喜『憲法判例を読む』

    

1 人権の名講義

私たちは普段、人権について考えることがほとんどありません。ときどき国際的な問題として考えることがある程度でしょう。以前、学生が人権についてのレポートを書こうとしていたことがありました。文学部の学生でしたから、それは難航するでしょう。

そのとき、人権に関して、どの分野の本を読めばいいと思うか聞いてみました。学生は、題名に「人権」とある本を見つけて、よさそうなものを読んでいたようです。間違ってはいないと思います。しかし、人権の基礎を学ぶなら、憲法の本を読むのが王道でしょう。

憲法の本を読んでみたらと言ったら、ああ…という反応でした。読んでなかったのです。そのとき勧めたのは、芦部信喜の『憲法判例を読む』でした。この本の前半部分を読むだけで、基礎的なことはかなりわかるのではないかと思います。名講義です。

      

2 制度は歴史と伝統に基づいている

この本は[六回にわたって行われた市民セミナーの速記をまとめたもので][六回合わせても10時間程度のセミナー]でした。[これだけでも(あるいは、これだけであるからこそ)、判例の流れを骨太に理解することもできるようなもの]と言えます。

市民セミナーですので、専門家相手ではありません。わかりやすい説明です。第一講で「違憲審査制の特色」を論じるとき、[国によってそれを具体化する形態が違う]のは、制度が[歴史と伝統に基づいている]からだと指摘しています。

アメリカ型の付随審査制と西ドイツ型の抽象的審査制の[大きく分けて二つのタイプが]あり、日本国憲法は前者の付随審査制です。こうした違いの原因として、[アメリカとヨーロッパ大陸では、人権に関する考え方が大きく違っております]と語り始めます。

「人間は生まれながらにして自由かつ平等である」という自然権思想について、欧米は共通の認識がありました。しかしヨーロッパ大陸では、この思想が19世紀に入ってから衰退し始めます。さらに憲法、そして権力分立に対する考え方でも違いがありました。

      

3 人権に関する最低限の理論武装を

アメリカはイギリス議会の不当な立法に対する抵抗を契機に独立国家となったため、立法権に不信があります。一方、欧州大陸諸国は、議会が国民代表として君主の専制的な権力を制限することで立憲主義を確立したため、立法権への信頼があったということです。

さらにヨーロッパ大陸では、成文化された実定法をもとに解釈すべしという考えが現れます。実定法とは別の概念である、自然法の「人間は生まれながらにして自由かつ平等」という概念を認めべきではないとする法実証主義が、19世紀に支配的な考えになりました。

欧州大陸では人権は、生まれながらの「人間の権利」から、憲法により与えられた「国民の権利」に変わります。立法権不信のあるアメリカならば、裁判所の違憲審査が権力分立に適いますが、欧州では、立法作用を他権力が審査することに拒否反応がありました。

しかし第二次大戦後、欧州大陸の制度はアメリカ寄りになるのです。第二講では人権の歴史が語られ、6回の講義で人権全体が解説されます。日本のビジネス人も、人権について最低限の理論武装が必要になるはずです。もし一冊読むのならば、この本でしょう。

       

カテゴリー: 一般教養 パーマリンク