■使える文法の条件:町田健『まちがいだらけの日本語文法』を参考に その3

1 用語の最終決定権者は利用者

厳格さと平明さをどうやって獲得したらよいのか、あるいは法則と慣習とのバランスをどうしたらよいのか。実際に使われなくてはならない文法の場合、とくに問題になるでしょう。シンプルな法則と、いくつかの例外とで、言葉は使われているはずなのです。

町田健『まちがいだらけの日本語文法』では、「主体」「対象」という一般用語で説明をしている部分があります。しかしこの基礎的な用語に定義を与えていません。その結果、上手に使えないのです。定義なしでわかるでしょう…ということだったかもしれません。

実際に、「主体」といえば、かなりの程度その概念は分かります。「対象」も同様でしょう。この二つの用語名が最適がどうかわかりませんが、他の細かな記述をカットしてでも、これらの用語に定義を与えておけば、その先に進めたはずです。残念でした。

用語名には平明なものを選択し、定義を適切にすることによって、使える用語になるかもしれません。このとき用語名を誰が決めるのか? 利用する人たちに違いありません。多数の人たちに使ってもらいながら、用語を確立していくのが王道でしょう。

 

2 主語・述語という定義のない用語

ほとんどの人が主語・述語という用語を知っています。ではどう定義すればよいのでしょうか。きちんと答えられる人はいないはずです。小学校2年か3年のときに教科書に登場する用語ですが、定義は与えられていません。定義がなくては、答えられないでしょう。

町田健『まちがいだらけの日本語文法』では[「主語」とはなんだったかというと、文で使われる述語を決めるというものでした](p.205)とあります。この定義では使えません。町田のあげる例文「太郎は平泳ぎが上手だ」の主語はどうなるのでしょうか?

▼「太郎は平泳ぎが上手だ」という文は、「上手だ」だけが述語なのだとすれば、「平泳ぎ」が主語ですし、「平泳ぎが上手だ」が全体として一つの述語なのだとすれば、「太郎」が主語になります。別の言い方をすれば、文の構造としてどちらを選択するかで、主語になる名詞が違ってくるということなのです。 p.208

もしご興味のある方は、実際の記述をご覧ください。本当にこう書かれています。「述語」という用語はよろしくないと言い、「述語句」とすべきだと言い、「文節」が定義できないと指摘した人が、こんなガサツな論理で日本語の文法を語っているのです。

 

3 日本語を操作するマニュアル

主語と述語はもはや使える用語ではなくなってしまったようです。様々な人が、様々なことを言い、使う側の人たちは、よくわからなくなっています。日本語の文法をもう一度作り直さなくてはいけないでしょう。従来とは違ったアプローチが必要となるはずです。

日本語の操作マニュアルのように、日本語の文法を構築してみたら…と思います。感覚的にわかる用語を使って、定義を適切にするアプローチを使って、文章を書くときの指針を作っていくのがよいかもしれません。あとは使う側が受け入れてくれるかどうかです。

ビジネス人向けの読み書きの講座で、ちょっとした変化を感じています。文法拒否の人よりも、最小限の文法が必要だという認識の人が多くなっているのです。これは意外なことでした。「日本語を操作するマニュアル」があったほうがよいのかもしれません。