■社会主義経済の行方-現代中国の場合 その3:『鄧小平』と『ソビエト帝国の最期』を参考に

7 高度成長が続いたソ連

ソビエト成立後の経済がどうであったか。小室直樹は指摘する。[第一次五か年計画は1928年にスタートしたのであったが、そのわずか九年後の1937年には、国民所得はなんと四倍になった](『ソビエト帝国の最期』P.188)。欧米各国はこの時期、大恐慌だった。

民主主義・自由主義と相いれない体制が飛躍的な経済成長をしていた。民主主義・自由主義をとる欧米諸国で[流行したひとつの問題提起に、「あなたは、豊かさなしの自由と、豊かさつきの自由喪失と、どちらを選びますか」というものがあった](P.188)。

ソ連経済の高度成長はその後も続いた。[1950年代の初期には、ソ連国民所得は10~12パーセントの年率で増大していった。その結果、1953年におけるソ連国民所得は、1913年の十四倍となった](P.191)。こうしたソ連の躍進が欧州共同体を生むことになる。

後発の立場にいる者は、開拓者の進んだ道を指針にして、効率のよい計画を立てて、それを実践することが可能である。うまく計画が運用される限り、開拓者よりも高い成長が達成できる。戦後の日本も追いつけ追い越せだった。現在のチャイナ経済も同じである。

 

8 国際法違反とドイツ帝国

計画を立てる基盤が同じである限り、かなりの確率で、成功が見込まれる。その基盤が大きく変化した場合、成功を続けることが簡単ではなくなる。大きな成功の後には、しばしば大きな失敗がやってくる。小室はビスマルク退陣後のドイツ帝国の事例をあげる。

ビスマルクが構築した二重保証機構が2年にして崩れ、ドイツはロシアとフランス両国に挟み撃ちされることになった。そこでギャンブルに出た。中立国ベルギーを経由してフランスに攻め込んだのである。これによってイギリスまで、敵に回してしまった。

ドイツは国際法を守らない国と認定され、世界中を相手にしたような戦いになって、4年でドイツ帝国は滅んだ。さて現代中国はどうか。南シナ海で仲裁裁判所の判決を無視し、香港での約束も反故にした。世界の主要国で国際法違反を認める国があるだろうか。

中国よりも豊かな西側諸国で「あなたは、豊かさなしの自由と、豊かさつきの自由喪失と、どちらを選びますか」という問題提起は成立しない。中国にとって有利だった条件は徐々にそしてある時点から急速に失われていくことになる。これは避けられそうにない。

 

9 人口減少と内需拡大の鈍化

小室は言う。[ソ連人は、西ヨーロッパ式「自由」なんぞなくても平気]である。ソ連では欧米のように[自由が教義(ドグマ)]ではない。ソ連では[経済にイデオロギー基礎があるのだから、経済の不振は、とりもなおさず、社会全体の危機につながる](P.43)。

現代中国の教義が自由ではなく、経済にあるのは間違いない。この点、チャイナ経済は相変わらず好調のように見える。香港が自由を失ったからといって、資金の流入が今すぐに止まることもないだろう。中国に進出した企業が、現状の急変を歓迎するはずもない。

しかし中国国内の状況はどうか。人口減少に転ずる時期の推計がここ数年で、2029年から27年、さらに24年に前倒しされてきた。コロナでピークアウトしたとの説もある。内需が拡大しなくなれば、市場の相対的な魅力が低下して、他地域へ資金が流れることになる。

 

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