■社会主義経済の行方-現代中国の場合:『鄧小平』と『ソビエト帝国の最期』を参考に

1 現代中国を分析する切り口

社会主義経済の今後がどうなるのか、中華人民共和国の経済規模がどんどん大きくなってきているため、多くの人が興味を持っている。ビジネス人が、今後のチャイナ経済を予測せよと言われたら、どう答えるだろうか。ビジネスではあいまいな結論は許されない。

リーマンショック後、元大手商社幹部の人から、チャイナ経済は当面、高成長を続けると聞いたことがあった。悲観論が台頭する中で、明確に言い切る姿勢が印象的だった。その後の成長はご存知の通り。GDPの成長率は先進国を圧倒した。このまま進むのだろうか。

私たちはこうした問題を考えるとき、何らかの考える指針が欲しくなる。大国の興亡に関して、私たちにはいくつかの参考書が用意されている。チャイナ経済に関しても、多くの本が出されている。それらが指針となって、考えることが出来ればよい。

改革開放路線を進めるチャイナ経済は相変わらず強いだろう…という声も大きい。どうも岐路に立っていると思う…と言う人もいる。現代中国の存在が大きくなったために、多くの問題が生じている。どういう切り口を採ったらよいのか、すこし考えてみたい。

 

2 基本書となる『鄧小平』

現代中国の問題を考えるとき、基本書とすべき一冊に現代新書の『鄧小平』がある。2015年に出版されている。ヴォーゲルの大著『鄧小平』のエッセンシャル版である。[鄧小平の生涯と業績の大事なポイントをすべて盛り込むもの]とヴォーゲルは言う。

エズラ・F・ヴォーゲルの『現代中国の父 鄧小平』は1200ページ近くある。橋爪大三郎がヴォーゲルにインタビューして、そのエッセンスを簡潔にまとめた。新書版250ページ程の本なのでそう苦労なく読める。鄧小平路線という切り口から中国を見る本である。

もう一つ、小室直樹の『ソビエト帝国の最期』を見ておきたい。小室は中国に関する本も書いているが、それらよりも『最期』のほうが切れ味がよい。道具は少数にして精鋭なほどよい。大国の興亡について考えるとき、この本の方法で、ほぼ十分だと思う。

成長を続けるチャイナ経済の今後を考えるとき、中国共産党の存在は無視できない。社会主義経済の問題点をソ連を事例にして考えるほうが、『資本主義中国の挑戦』や『中国共産党の崩壊』を読むより役に立つ。鄧小平への評価はヴォーゲルにこそ聞くべきだろう。

 

3 スターリン批判との距離

ヴォーゲルは1978年以降の中国の改革路線を作った鄧小平について、先の『鄧小平』で[鄧小平がこんなによくやるとは思わなかった]と語っている。ここで大切なポイントになるのは、鄧小平がソ連でのスターリン批判をどう評価して、どう処理したかである。

小室直樹はスターリン批判がソ連の崩壊を誘発したとしている。鄧小平は十分にそのことを理解していた。スターリン批判の起こったソ連の第20回党大会に、鄧小平は出席していたのである(『鄧小平』P.92)。間近でスターリン批判を体験し、大変だと感じ取った。

ソ連で共産党の組織が乱れ、党の魅力がなくなるのを、鄧小平は見届けている。そこで、中国共産党はスターリン批判を「修正主義」とのレッテルを張って封じ込めた(P.92)。さらに鄧小平は、自分は中国のフルシチョフにならないと宣言している(P.163)。

中国共産党において、スターリン批判につながる毛沢東批判が生じないように、封じ込めがなされた。ソ連共産党の失敗した路線に、中国共産党は乗らなかったのである。ヴォーゲルは言う。[鄧小平は非常にうまいことを考えていたんですね](P.164)。