■大学者の基準:金森久雄『大経済学者に学べ』を参考に その3

7 実際に使える理論であるか

金森は、実際にどうすべきかの対策が必要だという前提に立って、ケインズを特別高く評価する。マルクスの場合、資本主義はやがて死滅するという必然論に対して、対策を示さなかった。シュンペーターも、イノベーションを起こすための対策を明示していない。

ところがケインズ経済学の場合、[政策者の経済学である。すなわち「知識と責任感のあるエリート」がうまく政策を動かすことによって、投資と貯蓄とのアンバランスや失業を解消]することができるという考えに基づいた経済学である(P.30)。

ケインズ経済学のエッセンスは2つある。[自由放任の下では完全雇用や安定成長は実現できない]こと、そして[政府は需要不足がある場合、公共投資、減税、金利の引き下げ等の政策によって需要を拡大し、完全雇用を実現すべきである]ということである。

こうしてケインズ経済学を一筆書きした金森は、ケインズ理論の不完全性を示す。ケインズ経済学には[成長という観点が抜けている]と指摘している。この点の補強がない限り、ケインズ理論は使えない。その補強理論が「ハロッド=ドーマー理論」であった。

 

8 良い経済学と悪い経済学

金森は「ハロッド=ドーマー理論」の3つの基本方程式を示したうえで、その先を経済学の教科書に委ねている。この道先案内があると、ずいぶんその先は読みやすくなる。その他、フリードマン、シュムペーター、ドラッカー、マルクスを金森は大経済学者とする。

フリードマンの本は、経済学の本としてもまだ現役であるが、その他の3人の理論は経済学の教科書に載ることはまずない。ドラッカーの場合、[経済学者というよりは、経営学者の系列に属する]と金森が記す通り、経済学者とみなす人はいないだろう。

こうした自由な選択が金森の真骨頂である。[私は経済学は、近代経済学とマルクス経済学の区別ではなく、「良い経済学」と「悪い経済学」とに区別するのが正しいと考えている](P.105)と言う。実際に適応して対策が立てられるかどうかが問われている。

たとえば[貯蓄によって資本蓄積が行われて、それが投資に向けられて、成長のもとになるという意味では、マルクスもハロッド、ドーマーも変わらない面がある]と金森は指摘する。[誰が正しいかはどの理論が現実にマッチしているかで決まる]のである。

 

9 学問は思考の道具

金森は『大経済学者に学べ』で、自分の目で本質を見極めるべしと主張する。そして自らがその模範を示している。きわめて頭のいい人が、既存の枠組みを超えて、経済の本質を見極め、飛び抜けたエコノミストとして日本経済の分析と予測をしてきた。

学者の理論から学ぼうとする場合、その人の本にビジョンがあるかどうかが問われることになる。それを問う自分にも、ビジョンが必要である。[自分の思考の道具として本を読むときには、自分の考え方を助けてくれる点を積極的に摂取すべきだ]と言う(P.9)。

当然、[優れた経済学者でも全部が尊敬できない場合も少なくない]。自分の頭で考えなくては[経済学の波に巻き込まれて、自分の考えを発展させることはできない](P.11)。金森は経済学を素材にその実践を示した。これは経済学に限られるものではない。

 

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