■大学者の基準:金森久雄『大経済学者に学べ』を参考に その2

4 経済学を選べ

金森久雄は『大経済学者に学べ』で、大経済学の定義を示した。こうした大経済学から学んで、自分なりの見方を形成していくことが必要である。そして、もしそれを実践しようとするならば、自分の考えに基づいて、経済学を選ぶことが不可欠になってくる。

[専門の経済学者になるつもりの人であれば別であるが、経済を勉強するために経済学を学ぶというときは、自分の考えをもとにして経済学を選ぶべきだ](P.11)というのである。大経済学とは、そんなものですかと他人ごとのように聞いていてはいけない。

▼経済の歴史はギリシャの昔から数えれば2700年もある。それらにいちいちつき合っていては自分で考えている時間がない。人間に生まれて一生他人の学説ばかり学んでいてはつまらない。一部は精読し、他は学説史でカバーをする。また全部につき合わず、飛び乗り飛び降りも自由にやる。その程度の気持ちでないと、経済学の波に巻き込まれて、自分の考えを発展させることはできない。 P.11 『大経済学者に学べ』

金森久雄は経済学者ではない。エコノミストというべき人である。自分で考えて自分で答えを出すために、使える道具をお借りするが、一番大切なビジョンは自分で案出しますという人である。[自分の考え]があるからこそ、経済学から学ぶことが出来るのである。

 

5 大切なのはビジョンである

金森は、下村治を高く評価する。下村のビジョンは「日本は勃興期にある」というものであった。それに基づいて[1950年代に高度成長政策を主張した](P.5)。具体的には、どうすべきであったのか。金森は下村の1958年の論文のエッセンスを引用している。

▼「日本経済は今や重要な転機にある。我々は充実した供給力をいかにして健全な経済成長として実現するかを問題とすべき時期に到達した。もとより成長力の根源をなすものは、企業家の自主的活動である。しかし、成長発展が現実のものとして実現されるためには、政府の財政金融政策の適切な運営によって総有効需要が適度に調整されなければならない」と述べた。 (PP..5-6)

戦後の日本において、ビジョンをもって実践した事例があったことを金森は確認している。その上で、われわれに問いかける。[現在の政治家、経営者、経済学者は、今後の日本経済が進むべき方向としてどのようなビジョンをもっているか](P.6)。

大切なのはビジョンである。ツールの方ではない。ところが[最近の経済学は、ツールを磨くのに大変熱心である。しかし、いくらカミソリを研ぎ澄ましても、未開のジャングルを切り開くことはできない](P.6)。1997年刊行の本での指摘は、現在どうであろうか。

 

6 悲観論は役に立たない

ドラッカーの場合、1990年の『非営利組織の経営』あたりから、使命=ミッションを強く言うようになった。リーダーの信念に基づいてことをなすべしということになる。つまり使命から目標が生まれるという考えであった。金森の考えも、この線上にある。

経済学で社会をよりよいものに変えていこうという使命をもった経済学ならば、ビジョンを持っているだろう。使命からビジョンが生まれる。大経済学ならば、その基準に合うはずである。つまりビジョンの有無が大経済学かどうかの判断基準になる。

▼細かい分析があってそこからビジョンが生まれてくるのではない。その逆で、「初めにビジョンあり」だ。これが「大経済学」の特徴である。 P.6

成果を求めて何かをなそうという人によってビジョンは生まれる。したがってビジョンをもつ大経済学者であるなら、そして経済学以外の学問領域でも同様のことだろうが、[悲観的な見方をする人]ではダメなのである(P.6)。こうした洞察が金森にはある。