■森口親司「随想『評伝 小室直樹』が問いかけるもの」を参考にして その3

7 『ソビエト帝国の崩壊』の時間軸

『ソビエト帝国の崩壊』は、村上篤直著『評伝 小室直樹』にあるように、小室が自由に話をして、その10分の1程度だったソ連崩壊に焦点を当てたものでした。『崩壊』には着想がありましたが、森口親司の指摘通り、内容には不十分さがありました。

しかしかなり長い間、私は、この本を極端に高く評価していました。小室が対談をしていた記事で、ソ連がいつ崩壊するかを問われて、いろいろな状況にもよるだろうけれども、10年くらいで崩壊するのではないか…と答えていた記憶があったためです。

崩壊が起きた後、凄いと思いました。しかし都立中央図書館で、1980年頃の月刊誌を探しましたが、見つかりませんでした。村上篤直さんもご存知でないとのこと。あれば新発見ですね…という慎重なおっしゃり方でした。私の記憶違いだったようです。

対談で小室直樹が何を言おうが、『崩壊』そのものに時間軸が濃厚に紐づけされていなかったら、ダメでしょう。[ソ連の崩壊は遠いことではない](p.102)では、物足りません。時間軸での把握が大切なことは、歴史をやっていた父の影響で身に染みています。

 

8 ロシア事情の基本書『ソビエト帝国の最期』

ソ連崩壊の時期が近いことを明確に意識して書いたのが『ソビエト帝国の最期』でした。[いまやソ連は、政治的、経済的、軍事的に致命傷をかかえ、臨終の日は近い](p.140)、[せめて安らかな最期をとねがうばかりだ](p.209)と書いています。

佐藤優は『最期』をモスクワに持っていき、2008年にも読み返しています。[なかなかポイントをついている][3時間で読めるロシア事情の基本書](p.249『功利主義者の読書術』)だとの評価です。1984年の出版ですから、24年後も現役だったことになります。

佐藤のことですから、『崩壊』にも目を通しているはずです。その上で、『最期』を基本書としています。崩壊の予測が早いほどよいとは言えないでしょう。崩壊の時期が見えていなくては意味がないのです。その点、1984年に明確な崩壊予測をしたのは立派でした。

1989年にソ連崩壊を予測したドラッカーの著書『新しい現実』の書評を頼まれたH・キッシンジャーは、「ドラッカーさんがもうろくしたとは言いたくありません」と書評を断ったそうです(『ドラッカーの講義 1991-2003』)。1984年は十分に早い時期です。

 

9 現象の動因をつかむ天賦の才

小室は森口氏が記すように、スターリン批判からまもなく、ただならぬことになるとの着想を得ていたのです。1956年論文の着想は、そのまま保持され、1980年には『ソビエト帝国の崩壊』にまとめられベストセラーになりました。この着想が展開していきます。

小室は、市村真一の指摘した点、「ソ連の何がどのように崩壊するというのか、具体的に」見えてきたようです。それが『ソビエト帝国の最期』に記されました。着想が先にあって、それを整理し洗練するために、知識とさまざまなモデルが必要だったのです。

小室直樹の代表作は『ソビエト帝国の最期』でしょう。超大国化しようとする国の行く末を、どう観察し、考えたらよいのかのヒントがあります。佐藤優は小室の分析をオシント「公開情報によるインテリジェンス(Open Source Intelligelce)」だと言いました。

小室の知識は、公開された[細部における内容が不正確な欧米の書物から得られたもの]だが、[事の本質を小室氏はとらえている]。[表面的現象の後ろで歴史を動かす動因をつかむ洞察力]は[天賦の才][天才]だ(p.254、p.258『功利主義者の読書術』)と。

小室の『最期』を読むためには、小室自身の書いた本が役に立ちます。自分が使った道具について、小室は何度も解説しました。実務家であっても、小室の方法を探ることによって得るものがあると、私は思います。小室の本を捨てないのはそのためです。

 

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