■小室直樹の執筆方法:『評伝 小室直樹』を参考に

1 『アラブの逆襲』の執筆

村上篤直は『評伝 小室直樹』に小室の執筆の様子を記している。1990年8月2日、イラク軍がクエートに侵攻して、湾岸戦争が始まった。カッパ・ブックスの小室担当は、小室を軽井沢の旅館に連れて行き、昼間に執筆をしてもらうことにした。

しかし[小室は執筆を始める素振りすらみせず、とにかく、ずっと岩波文庫の井筒俊彦訳『コーラン』を読んでいた]。小室は差し入れられた本に[線を引く。カラフルに、色を変えて線を引くのであった](下・p.461)。これはいつものことだった。

1カ月たった[ある朝のこと]、小室は担当者の古谷俊勝の部屋に訪れて「古谷くん、大丈夫だ。いま、アラーの神が降りてきたから」と言った。そこから[何かに取りつかれたかのように書いた。日産50枚で原稿用紙がどんどん埋まっていく](下・p.462)。

これが『アラブの逆襲』の1990年11月刊行前の出来事だった。小室の本の書き方が、これでわかる。原典を読んで、ずっと考えていたのだろう。考えがまとまれば、一気に書けるようになる。基本文献の読み込みが、小室の実力の源泉の一つだった。

 

2 引き継がれるアイデア

小室の場合、『アラブの逆襲』のように、ある種の思いつきがあると、それまで蓄えてきた別の基本知識と一体になって思考が一気に動きはじめるらしい。こうやって、いったん獲得されたアイデアは、その後、変奏されて別の本で洗練されていく。

『アラブの逆襲』は、『評伝 小室直樹』にあるように、刊行されたのが[イラク軍のクエート侵攻から三か月雨後のこと、まさにタイムリー](下・p.462)ということである。したがって、アイデアが浮かんだら、そのまま一気に書きあげる。

書き上げた本のアイデアは、そのあとに続く本に引き継がれていく。アイデアを本にしておくことによって、その後、小室の思考が展開されていく。実際、『アラブの逆襲』のエッセンスは、『世紀末・戦争の構造』で国際法の視点で評価されていく。

 

3 国際法における湾岸戦争の意味

小室は、国際法がヨーロッパで発達した理由として、(1)ヨーロッパの文明が圧倒的に強かったこと、(2)ヨーロッパにおいては、国際社会が形成されてから、近代国家ができたこと…の2つをあげる(『世紀末・戦争の構造』pp..7-8)。

[ヨーロッパの意思は、列強だけによって決定され](p.133)ていたが、そこに[日本とアメリカ合衆国]の[ヨーロッパ以外の二国が、列強(powers)に加わった]。[これは、国際政局における、大変な変化である](p.135)。さらに冷戦によって変化が生じた。

米ソ時代には[米ソの意思が一致すれば、それは、世界の意思となった](p.186)のだが、[「列強の意思には、すべての国が従わなければならない」という国際政治の鉄則が、フセインの行動によって、最終的に作動を止められた](p.190)と分析する。

湾岸戦争は[アメリカン・イデオロギーの正統性にてらして][正義の戦争ではない](p.234)。フセインはイスラム教徒として[聖戦で死ぬのは本望]と思っているだろう。[イラクのクウェート侵攻によって国際法は死んだ](p.150)と評価するのである。