■「資本主義の精神」「経済人」における目的と目標 :リーダーになってしまった人へ その23

1 目的と目標の違い

ビジネスをするときに、私たちは資本主義社会で活動しているということくらいは言えるが、そんなことは意識していないだろう。資本主義の精神がないところに、資本主義の発達はないというのは、学問の世界の話だと感じるはず。ただ、そうとも言い切れない。

目的と目標の違いを分けることがマネジメントにおいて重要なポイントである。何が違うのかを、リーダーは意識しておくべきだろう。そのとき、資本主義の精神だとか、エコノミックマンだとか、その前提から見てみると、そうか…ということになるかもしれない。

マックス・ヴェーバーは『プロテスタンティズムと資本主義の精神』で「資本主義の精神(倫理)」という概念を提示した。これはどういうものであるのか。ヴェーバーがここで示した概念は、ヨーロッパ社会におけるものであって、日本には、直接当てはまらない。

 

2 資本主義の精神と経済人

富永健一は『マックス・ヴェーバーとアジアの近代化』で、[西洋資本主義の精神とは「ホモ・エコノミクス」と呼ばれる人間類型によって端的に特徴づけられるもの](p.40)と定義している。ホモ・エコノミクスとは「経済人(エコノミックマン)」である。

経済人は目的合理性に沿った行動をする。それはどういうことか。[企業は、明確に目的を設定し、その目的を実現するために、計画を樹て]、[利潤を最大にすべく計画し、行動する]ことであると、小室直樹は『日本資本主義崩壊の論理』(p.32)で解説している。

さらに[消費者もまた、効用を最大にすべく、行動する][かくのごとき企業と消費者をもって「経済人」と定義する]。資本主義とは[経済人と経済人が行動する市場](p.33)である。したがって、[経営なくして資本主義なし](p.34)ということになる。

経営とは[目的設定→計画→実行](p.35)と図式化される。目的設定は[実現可能なものでなければならない](p.36)のである。資本主義の経済人モデルは、そう違和感のない行動様式を前提とする説明だといえるだろう。ただここで、「目的」が問題になる。

 

3 目的設定=目標設定

経済人のモデルにおいて、目的と目標の区別が明確になっていない点が問題である。これは哲学の分野でも、類似の傾向がみられる。アームソンの『アリストテレス倫理学入門』でも、「目的」を説明するとき、「目標」と言い換えられる場合があった。

『日本資本主義崩壊の論理』の説明でも同様である。合理的な目的が設定されないと失敗する。その例として[大東亜戦争時における日本の増産目標]や毛沢東の「経済大躍進」(1958~)という[とてつもなく大きな目標が設定された]ことがあげられている。

[経営者は、過大な目標を設定すればとんでもないことになることを、資本主義経済の行動を通じて体得する][経営者は、目標の設定の仕方を学習する](p.38)。ここが解説のポイントである。ここでは「目的」設定と「目標」設定は同じだということになる。