■自己実現とマネジメント :リーダーになってしまった人へ その10

1 目的の構成要素

アリストテレスは、紀元前384年に生まれたと言われている。今からおよそ2500年前の人である。そんな昔の人の言うことが、なぜ、現在のビジネスに従事する人間に影響を与えているのか。そしてマネジメントが、それとどう違うのか。この点が問題である。

アリストテレスの哲学について、アームソンが『アリストテレス倫理学入門』で事例を出して説明している。ダンス自体を楽しもうとしている人の目的は、ダンスをすることである。そのとき、その一つ一つのステップをとる行動は、どういうものであるのか。

▼踊っている人はダンスを楽しむために踊っていると仮定したのであるから、ダンスの構成要素であるステップもそれ自体のために行われていると考える方が妥当であろう。踊る人の動作の一つ一つが、それ自体のためになされるというのも、ダンスのためになされるというのも、同じように真実なのである。すなわち、動作の一つ一つはそれ自体が目的であり、同時に、より包括的なダンス全体という目的の構成要素になっていると言える。 p.18

ここでアリストテレスは、[最も包括的な、すべてを含有するような一つの最終目的]を想定し、その目的に関わる[行為のすべては、この包括的最終目的の構成要素になっているのではないか](p.p.18-19)と言う。ダンスさえも、構成要素にすぎないのである。

 

2 「至上目的」とマネジメント

[一つの最終目的]とは「至上目的」であり、これがあれば[その人の人生全体]は「生きがいのある人生を生きている」(p.p.19-20)ことになる。人生全体が問われるとき、ダンスのステップどころか、ダンス自体も人生の構成要素となるのは当然である。

岩田靖夫は『ヨーロッパ思想入門』で、この「よく生きていること」とは、[本来その存在者に課せられた機能を十全に果たす]ことだと説明する。[その存在者の本来的自己の実現、あるいはその存在者の優秀性(アレテー)の発揮のこと](p.p.75-76)である。

▼現代では、「自己実現が幸福である」という思想は常識となっているが、この考えの淵源は、じつに、アリストテレスのこの「自己本来の働きの発揮が善である」という思想のうちにあるのである。 p.p.75-76

ここまでくれば、マネジメントとの関係が見えてくることだろう。「至上目的」とマネジメントの目的、使命・ミッションとの関係はどうか。「機能を十全に果たす」ことと、強みを発揮して成果を上げることとの関係はどうか。こうした点が問われるのである。

 

3 自分達と顧客の2本柱

マネジメントでは、リーダーが信念に基づいて使命を決め、それが受け入れられることによって、ある種の「至上目的」となる。そこから具体的な目標が生まれる。そのとき、強みを発揮して、成果を上げなくてはならない。ただし自己以外のものを問う必要がある。

ドラッカーは言う。[企業の目的とミッションを定義するとき]、[焦点となるものは一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される](『マネジメント』上・p.99)。これは、自分達が大切にしたい人々(顧客)に焦点を当てた言い方である。

したがって[組織として、また個人として、どのようなことで人々に記憶されたいのか](『非営利組織の経営』p.177)と問うべきである。目的そして目標を考える基礎が、自分達と、大切にしたい人々(顧客)の2本柱になる。この点が自己実現と違うのである。

 

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