■ドラッカー『経営者に贈る5つの質問』に対するささやかな注釈 その3


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7 非営利組織用のツール

『経営者に贈る5つの質問』を読むと、非営利組織向けのツールであった痕跡が次々見つかります。序章の書き出しが[アメリカでは9000万人のボランティアが…]であり、[非営利組織こそがアメリカ社会の中核であり、特性である](p.18)と語られています。

この本は、非営利組織のためのツールだという前提です。[ミッションに集中するにはマネジメントを駆使しなければならない。ところがこれまで、非営利組織のマネジメントのための経営ツールがなかった](p.18~19)。その欠陥を補う本だということです。

こうしたNPOなどの非営利組織の経営が、逆に営利組織のマネジメントに影響を与える状況をドラッカーは1989年に「会社はNPOに学ぶ」で書いています。どのようにしたら[知識労働者の生産性を向上させること]が可能なのか、NPOが参考になるのです。

▼使命を明らかにし、人材を的確に配置し、継続して教え、学ばせ、目標と自己管理によるマネジメントを行い、要求水準を高くし、責任をそれに見合うものとし、自らの仕事ぶりと成果に責任を持たせることである。 p.104:『P.F.ドラッカー経営論集』

ここで営利企業が学ぶべき点として挙げられたものが、『経営者に贈る5つの質問』では抜け落ちています。最大のものは目標についての記述でしょう。質問5の「われわれの計画は何か?」でささやかに目標に触れられるだけで、物足りない感じがします。

 

8 最重要とされた「顧客にとって価値は何か?」

目標が前面に出る代わりに『経営者に贈る5つの質問』では別のものが重視されています。質問3の[「顧客にとって価値は何か?」という質問こそ、「5つの質問」のなかで際立って重要である](p.69)とドラッカーが言うのです。なぜでしょうか。

▼組織の多くは、あまりにミッションにコミットし、あまりに自信をもっているがゆえに、ややもすれば自らを目的視する。官僚的思考の極みと言うべきである。その結果、「顧客に価値を提供しているか」ではなく、「規則に合っているか」を考える。 p.70

これなど、営利組織への警告にもなっていますが、しかしより一層、非営利組織にありがちな雰囲気が何となく伝わってきます。非営利組織の場合、「顧客が誰であるか」ということについて、営利組織よりもわかりやすいという点も背景にあるでしょう。

▼毎年、10年前の卒業生50人から60人に電話をし、「振り返ってみて、この大学院はあなたに何を貢献したか? いまでも役に立っていることは何か? 私たちはどうしたら改善できると思うか? 私たちが止めるべきことは何か?」と聞くことにしている。 p.69

ドラッカーの聞き取りは[大学院の運営に非常に役立っている]とのこと。聞くべき相手である顧客が明確になっているのです。それゆえに[顧客にとっての価値を想像してはならない。必ず顧客本人に聞かなければならない](p.21)ということが実行できます。

 

9 思考の整理のための本

「誰に・何を・どのように」提供するかということが、仕事の内容を規定します。非営利組織の場合、「誰に」がある程度見えているので、「何を」を決めることで、「どのように」が決まるのです。一方、営利組織の場合、別の理由によって「何を」が重要です。

営利組織の場合、顧客が見えにくいことがよくあります。そのとき、自分たちにできることが何であるかを明確にすることで、顧客を見出すアプローチがとれるはずです。まさに「顧客の創造」が必要になります。ただ、これは図式化しすぎかもしれません。

ドラッカーは質問2「われわれの顧客は誰か?」の解説で、[いかに検討したあとでも、顧客には驚かされる][顧客の方が一歩先に行っているということは、よくあることである][顧客は変化してやまない](p.52)と、顧客を見出すことの困難さを語っています。

▼成果を上げるには、原則に忠実でありつつも、顧客の変化に応じて自ら変化していくことができなければならない。 p.52

こうした原則において、非営利組織の経営も営利組織の経営も、変ることがないでしょう。ドラッカーの一番のエッセンスは、あらゆる組織に適応可能なところにあるはずです。その意味で、非営利組織用のツールを営利向けに使うことは合理的でしょう。

ただ非営利用のツールだったことを、使う側が考慮したうえで使いこなす必要があります。普通ならば、戦略を立てて、目標を明確にする作業が必要です。その基礎が、第2・第3・第4の質問の答えになります。「誰に・何を・どのように」を決めることです。

薄い本ですから、さらっと読めば簡単に読み終えられます。ことにドラッカーの解説部分はわずかです。読み方が問われます。ドラッカーのマネジメントを知る人ほど、本気で取り組む気になる本かもしれません。思考を整理するために、よい本だと思います。

 

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