■『星野リゾートの教科書』に学ぶマネジメントの本の読み方 その2


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4 ライバルの動向に焦点を当てたポーターの理論

『星野リゾートの教科書』で紹介された12の事例のうち、一番はじめの事例で使われた教科書はマイケル・ポーターの『競争の戦略』でした。この本は、ずいぶん前に購入したものの、きちんと読まずにいます。何だかよくわからない、妙なところを感じました。

厚い本をていねいに読むのは、簡単ではありません。星野社長はこの本をきっちり読んだようです。私など途中で入門書に切り替えて、それらを何冊か読んだだけですから、教科書の理解ができていません。それでも、この事例を読むことは役に立ちました。

星野社長のポーターの理論に対する評価は、[お客様視点に立ったマーケティングを強調するものが多かった。そんな中で、ライバルの動向こそが重要というポーターの理論は目からうろこ]だったというものです。この本の価値が一言で示された気がしました。

ただこの本で示された事例で言われていることは、入門書で十分わかる程度のものです。ポーターは競争の戦略として、(1)コスト競争力で優位に立つ、(2)競争相手との差別化をする、(3)特定領域に経営資源を集中する…をあげ、どれかに徹底すべきと説きます。

 

5 3要因の同時実現を目指したケース

星野社長はポーターの理論を読み替えて、二者択一にしました。第一段階で[どんなターゲットに向かって『集中』していくかを明確に決める。そのうえで、『コスト』で優位に立つのか、ライバルとの『差別化』を徹底するのかを二者択一で選]ぶのです(P.34)。

これはもはや「微調整」でなく、戦略の再編成といえるでしょう。この読み替えはポーターの本に違和感を感じる人ならば、かえってしっくりくるかもしれません。「コストリーダーシップ」「差別化」「集中」では概念の統一がなされた気がしないのです。

コスト自体が差別化の重要な要素になっています。単にコストが安いだけではなくて、これだけのものがこの値段で提供されるというコスト感覚が差別化の重要な要素になっているはずです。そうなると、コストリーダーシップと差別化は分離できなくなります。

星野社長がこの事例に適応させたのは、[「集中」と「コストリーダーシップ」だった](P.35)ということです。しかしどうも実際は違います。この玉造温泉のケースでポイントになるのは、[玉造温泉に個人客向けの高級旅館がなかったこと]です。

選択した戦略は、①[ターゲットを個人客に集中し]、②[効率を高めてコストを下げ]、③[上質なサービスの高級旅館として再生する]ことでした。①集中、②コストリーダーシップ、③差別化という3つすべての同時実現を目指しているのです。

 

6 大胆な「微調整」

教科書の読み方として、丁寧に理論を理解することは基本中の基本でしょう。当然ながら、その作業は重要事項になります。ところが実際の応用の際には、その理論を理解した上で、理論の読み替えが不可欠なようです。大胆な再構成の場合もあるのでしょう。

星野社長は、この読み替えや再編成をでたらめにやっているわけではありません。ポーターの戦略についても「競争を優位にするための3つの要因」と捉えているようです。要因であるならば、1つに決めることは不可欠な条件とはいえなくなります。

競争に勝つ主要因を「コスト」と「差別化」の2つだと考えたならば、どちらかを選択する場合と、「コストでの優位+差別化の実現」の両方を実現することが可能な場合があるでしょう。もし2つともに確立できるのなら、1つを選ぶよりも優位に立ちそうです。

両者を確立する方法として、ここでは「選択と集中」を行っています。顧客を個人と団体の両方ではなく、「高品質のサービスを求める個人」に絞りました。ターゲットを絞って効率化することで、高級でありながらコストアップしない方法を選んだのです。

問題解決をしなくてはならない立場の人が、マネジメントの教科書を読む場合、問題を解決することこそが目的になります。どう適応し解決するかを真剣に考えながら、教科書の真意を読み取ろうとするはずです。読み替えは必然的に起こるのかもしれません。

星野社長が[教科書に書かれていることをすべて忠実に実行すること]というのは、嘘ではないはずです。[「3つの対策が必要だ」と書かれていたら、1つや2つでなく、3つすべてに徹底的に取り組む](P.23)こと。その後、「微調整」するのです。

ポーターの3つの戦略を理解したうえで、1つや2つでなく、3つすべてを対象に取り組んでいます。3つを要因と読み替えているのは大胆なことですが、しかし教科書の内容を無視しているわけではありません。他の事例でも、大胆な「微調整」がなされています。

 

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