■ドラッカーにおける文章という武器 その3


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7 難解であることは美点ではない

文章が素晴らしいという場合、書く内容が素晴らしいことは前提であり、どう書くかということに焦点が当たるのが一般的だろうと思います。なぜドラッカーの文章は素晴らしいのかを考えるとき、文章に対するドラッカーの姿勢が問題になります。

ドラッカーは『マネジメント・フロンティア』の序章に置かれたインタビュー「幅広い心との対話」で、[私はプロの書き手だし、難解であることは美点とは思っていない]と答えています。そして一人で考える[ソロのプレーヤーだ](p.11)と答えました。

インタビュアーは「あなたはちょっと変わった立場から企業を見ている。学者でもないし…」と言います。さらに「自分が学者だとは思っていない。そもそも学者のような書き方をしていない」という核心をつく言い方で、ドラッカーに問いかけました。

ここでの答えが一つのポイントになるでしょう。「それは学者に対する皮肉だ。難しさがプラスに評価されるようになったのは、20年かせいぜい30年にすぎない」という答えをしています(p.15)。ここでいう「難しさ」というのは、文章を難しくすることです。

たいしたことのない内容でも、難しい言い回しで説明すると、何だが高級そうな文章だと誤解された時期がありました。1985年のインタビューを読むと、こんなものは最近の現象で、長続きする本物のスタイルではないという考えであることが見えてきます。

 

8 経営管理は単純ではない

経営管理について書く人の中で、ドラッカーが一番わかりやすい書き手の一人だと、「幅広い心との対話」のインタビュアーが言っています。ただ、ここでいう「わかりやすい」ということは、簡単であるとかレベルが高くないということではないでしょう。

実際、ドラッカーの本は簡単ではありません。自分の本について、[高校卒業では、完全に理解するのは無論のこと、読むことさえできないだろう]と、このインタビューで答えています(p.11)。書かれている内容は、高校終了でわかるレベルではないのです。

ベストセラーになった『エクセレント・カンパニー』について、[偉いところは、その極端なまでの単純化にある。単純化しすぎたとさえ言えるかもしれない](p.11)と語り、また、あの本の[強みは、基本に目を向けさせているところにある](p.16)と言います。

しかし決定的な弱みは、[経営というものを、信じがたいほど単純なもののように見せていることにある。枕元に置いておきさえすれば、あらゆる問題は解決すると言ったふうだ」という点です。プロ向けの本の内容は、そんなに単純にはならないものでしょう。

本来ならお手上げになるような事柄について、本気で向き合うならば、その努力が報われるだけのものを与えてくれるのがドラッカーの本だといえます。複雑で簡単にはわからないことが理解可能になるのです。練習をした人にはわかりやすい本だといえます。

 

9 言葉の定義と論理展開

もしかしたら、ドラッカーの本はポストモダンの方法で記述された本なのかもしれません。使用する用語の定義を厳格にして、それらの定義された用語をつかって、かっちりした論理展開をしていくのがモダンの記述方法だとしたら、それとは違います。

ドラッカーの文章は、その都度、文脈の中から用語の意味を確定していかなくてはなりません。使われている用語が多義的なものであったなら、その文脈において、どういう意味で使っているのかがわからないと、的確に意味が取れないようになっています。

別に意地悪でそうしているわけではありません。このことは、翻訳をしていた上田惇生も先刻承知のことで、同じ用語でも、ドラッカーはその都度、勝手な意味で使っているという言い方をしていました。絶対的な定義をする気がないということです。

ポール・ヴァレリーが『レオナルド・ダ・ビンチの方法』で指摘したのが「哲学の本質的な欠陥」でした。哲学者の使う用語は同じ言葉でも独自に定義されているため、概念の齟齬が生じます。そのため各人が自己主張をするだけで、その先に進んでいけないのです。

[思考というものは無秩序から秩序へ移る企てにほかならない]、秩序が見えるとき、思考には[秩序の型というものが必要]になります(『アラン・ヴァレリー』中公バックス版 p.304)。「語(普通語の単語)は、論理向きにはできていない」(p.299)のです。

ドラッカーの文章は、言葉を定義して論理展開するのとは違った形式の文章です。自分に見えたものを読者が読み取れるように組み立てられています。現象を見て、意味を見出すまでの思考が伝わるのです。継続と変革のバランスが分かるように書かれています。

 

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