■ドラッカーによるマネジメントの体系化について:その3
7 「私の人生を変えた七つの経験」
『プロフェッショナルの条件』所収の「私の人生を変えた七つの経験」を読むと、ドラッカーのマネジメントの骨格が、ドラッカー自身の経験から生まれてきたように感じます。1995年に書かれたものですから、いわばドラッカーの到達点ともいうべき内容です。
七つの経験とは何であったのか。先ず列記しておきましょう。
[1] 目標とビジョンをもって行動する―ヴェルディの教訓
[2] 神々が見ている―フェイディアスの教訓
[3] 一つのことに集中する―記者時代の決心
[4] 定期的に検証と反省を行う―編集長の教訓
[5] 新しい仕事が要求するものを考える―シニアパートナーの教訓
[6] 書きとめておく―イエズス会とカルヴァン派の教訓
[7] 何によって知られたいか―シュンペーターの教訓
一つ一つがドラッカーのマネジメントの大事な柱になっています。[1]が目標とビジョン、[2]がミッションに関係します。[3]は仕事の仕方、[4]は目標管理について。[5]も[6]も仕事の仕方についてのこと。[7]はミッションに関係したものです。
回想風に、時代にそった感じで並べていますが、マネジメントの体系からすれば、[2][7]が最初にきて、[1]がその次に置かれ、[4]が続くことになります。ここまでが仕事をつくるときのマネジメント。[3][5][6]は実行・運営をするときの柱になるものです。
8 使命とともに始めること
ドラッカーがあげた7つの項目のうち、ミッションに関わるものが2つありました。[2] でドラッカーは、[神々しか見ていなくとも、完全を求めていかなければならないということ]を自分の使命とすることを明らかにしました。そこから目標が生まれるのです。
ミッションから目標が生まれるというのは、『マネジメント』でも言われていたことですが、1980年代の後半以降、ミッションがドラッカーのマネジメントの中でとくに重要になってきました。リーダーはミッションからスタートすべきだということになります。
1988年の「リーダーシップ」で、[効果的なリーダーシップの基礎とは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に定義し、確立することである](p.185:『プロフェッショナルの条件』)と言いました。1990年の『非営利組織の経営』では、以下です。
▼使命とともにすべてを始めなければならない。これは、きわめて重要なことである。組織として、また個人として、どのようなことで人々に記憶されたいのか。使命は、今日を超越したものであるが、今日を導き、今日を教えてくれるものでもある。使命を見失ったとたんに、われわれは迷路に入り込み、資源を浪費してしまう。使命があるからこそ、明確な目標に向かって進むことができる。 p.177:『非営利組織の経営』1991年版
『非営利組織の経営』では[組織として、また個人として]と対象を組織に限定しない点を明らかにしています。また[7]の「何によって知られたいか―シュンペーターの教訓」が使命・ミッションに関わることも、これを見ればお分かりになるでしょう。
9 マネジメントの領域>ビジネスの領域
ドラッカーは『現代の経営』で、事業(ビジネス)の目的を「顧客の創造」だとしました。使命(ミッション)の項目はありません。『マネジメント』では、企業(ビジネス)の目的を「顧客の創造」としつつ、「目的とミッション」という第7章を立てています。
『マネジメント』におけるミッションの記述は、その後を知る者からすると過渡的な内容だと感じます。「リーダーシップ」と同じ1988年に「会社はNPOに学ぶ」が書かれました。もはやマネジメントの対象が企業中心でなくなったことを論じています。
「顧客の創造」というのはビジネスの目的です。企業・ビジネスにおける共通する唯一の目的を抽出したものでした。しかし各企業ごとに目的は異なります。非営利企業も対象になり、個人をも対象とする場合、事を成すときに別の概念の目的が必要となりました。
二つの目的の整理がまだついていない感じがする『マネジメント』から十数年して、ミッションが確立したように思います。「どのようなことで人々に記憶されたいのか」を明確にするのが、リーダーあるいは自分の役割だということになりました。
マネジメントはビジネスの領域よりもずっと大きかったということです。その結果、事を成す組織や人にとって、使命(ミッション)の重要性が増したということになります。目的(使命)から目標が生まれ、その達成のために計画(アクションプラン)が立つのです。
ドラッカーの活動期間は長く、その間に社会が大きく変わり、格闘を続けるうちに、概念の変化や考えの変化が起こっています。過去との整合性にあやしいところもあって、読む者は混乱するでしょう。にもかかわらず、得ることが大きいことは確かなことです。