■ドラッカーによるマネジメントの体系化について

1 ドラッカーがよくわからないというビジネス人

若いビジネス人から『プロフェッショナルの条件』をすべて読みましたという連絡が来ました。昨年、ヒルティの『幸福論』第1巻、ヤングの『アイデアのつくり方』とともに勧めておいたものです。自宅待機中にやっと読めましたとのこと。まじめなものです。

ただ、残念ながら、この本だけはよくわかりませんでしたという内容でした。ヒルティの場合、仕事の仕方と時間のつくり方の章だけでいいから、ヤングの本は1時間あれば読めるからと言っておいたところ、ヒルティとヤングの本は難なく読めたようです。

ドラッカーは簡単ではありませんでした。かなり優秀な人でも、手を焼くことがあります。今回連絡をくれた若者よりも何十年か年上の、会社の役員の人からも、ドラッカーがよくわからないと言われたことがあります。この人も優秀な方です。

役員の人は『マネジメント』を読みだして、途中でダメだ…となりました。おそらくこの二人の読み方には違いがあるはずですが、同時に両者ともに、まじめに読み過ぎているのではないかという気もします。ドラッカーの書くものに厳格な統一性はないのです。

 

2 ドラッカーの変遷

自分で会社を興したリーダーの場合、ドラッカーの本は参考になるとおっしゃる人が多いように感じます。基本がある程度決まっている方ならば、どこか参考になるところがあれば十分に満足なはずです。教科書を読むように読むと、戸惑うのかもしれません。

マネジメント全般を一冊にまとめた本で、いまも読めるということになると、『現代の経営』あるいは『マネジメント』になるだろうと思います。両者とも、ときどき取り出して読む価値のある本です。しかしその中でも、引っかかるところはあります。

ドラッカーはマネジメントを体系化して1954年『現代の経営』にまとめました。その約20年後の1973年、この本をベースにして『マネジメント』を書きあげます。両者の記述を見れば、重なり合いながら内容が変化していることに気づくでしょう。

たとえば『現代の経営』では、[マネジメントが企業に特有の機関であることは、あまりに明白で当然のこととされている][今日、一般にマネジメントとは、企業のマネジメントを意味する](上・p.8:選書版)とあります。これはのちに否定されたものです。

『マネジメント』では、[手本となるものは企業のマネジメントである。マネジメントを論ずるには企業を真ん中に持ってこざるをえない](上・p.7)との言い方になりました。続けて「マネジメントが企業中心になった原因」の項目を立てて、その理由を述べます。

1986年の『マネジメント・フロンティア』に所収の「マネジメント―成功のもたらした問題」では、[マネジメントの理論や原則を初めて体系的に適用したのは、企業ではなく公的機関であった](p.201)と指摘することから論文を始めています。

1999年の『明日を支配するもの』第1章「マネジメントの常識が変わる」になると、「マネジメントとは企業のためのものである」という前提が第一の間違いと書かれることになります。[今や、この60年に及ぶ誤解を正さなければならない](p.7)とのこと。

 

3 完全を求めての格闘

マネジメントというものは、公式ではなくて仮説というべきものです。自分の過去の言葉にこだわって、正しくない仮説を変更しないのでは読者が困ります。ドラッカーの言うことは厳格に正しいのではなくて、正しいところが多いということです。

自分で何かを解決しなくてはならないときに、解決策そのものが書かれている本があったら、それはありがたいことです。しかしそうでなくても、何らかのヒントが得られる書物があったなら、やはり役に立つというべきでしょう。読んで満足するはずです。

ドラッカーの変遷は、現実の環境の変化とともに、ドラッカー自身が完全を求めて繰り返しチャレンジしてきた証しだと考えられます。都合よく立場を変えるだけでは、読む気など起きないでしょう。ドラッカーの場合、格闘しているという感じがします。

『プロフェッショナルの条件』がよくわからなかったという若者に、Part3の1章「私の人生を変えた七つの経験」だけでももう一度読んでほしいと思っています。ドラッカーは18歳のとき、ウェルディの『ファルスタッフ』を聞いて、衝撃を受けました。

そして80歳になった大家がオペラをもう一曲書いた理由を知ります。[「いつも失敗してきた。だから、もう一度挑戦する必要があった」。私はこの言葉を忘れたことがない。それは心に消すことのできない刻印となった](p.99)と記しています。

ドラッカー自身、[いつまでもあきらめずに、目標とビジョンを持って自分の道を歩きつづけよう、失敗し続けるに違いなくとも完全を求めていこうと決心した](p.99)というのです。この文章は1995年、85歳のときに書かれた『創生の時』のものでした。

▼すでに私は、ヴェルディが『ファルスタッフ』を書いた歳を超えた。しかしちょうど今、二冊の本を構想し、実際に書き始めている。その二冊とも、いままでのどの本よりも優れたもの、重要なもの、完全に近いものにしたいと思っている。 p.100:『プロフェッショナルの条件』