■なぜ高い目標が必要なのか:ミッションとビジョンから考える

1 「知識労働者」の概念

アメリカのマネジメントにとって、最大の課題だったのは、生産性を向上させることでした。1989年の「会社はNPOに学ぶ」(『ドラッカー経営論集』所収)でドラッカーは語っています。いまやアメリカよりも、日本にとっての方が切実かもしれません。

ここで気をつけるべき点は「知識労働者の生産性」とあることです。知識労働者とは、どういう存在なのでしょうか。こうした用語でつまづくことがあります。最初は、言葉の意味が気になるものですが、そのうち何となくわかったような気分で使いだすのです。

あらたまって問われると、「知識労働者」という概念が明確になっていないことに気づくことになります。エグゼクティブという言葉に近い気もしますが、このエグゼクティブという言葉も日本語になっていません。この種の用語は扱いに注意が必要です。

ドラッカーは用語の定義を厳密にしていません。しかし文脈で何となくわかります。ここでの共通認識で言うなら、「誰でもすぐに出来ます」という仕事は、知識労働者の仕事ではないということです。専門知識のある労働者というニュアンスだと思います。

このあたりを勘案して、上田惇生は英文『THE ESSENITIAL DRUCKER ON INDIVIDUALS』の日本語版の題を『プロフェッショナルの条件』にしたのだと思います。『経営者の条件』の原題『The Effective Executive』を上田は「できる人」が真意だと記しています。

知識労働者とはプロフェッショナルのことでしょう。知識労働者の生産性とはプロフェッショナルの生産性だと考えて問題ないと思います。このとき、知識労働者、つまりはプロフェッショナルの生産性を向上させるために、考慮すべき点がでてきます。

 

2 知識労働者の生産性

知識労働者の生産性について、「すでに起こった未来」(1997年:『ドラッカー経営論集』)でドラッカーは重要な指摘をしています。[先進国の優位は、知識労働者の量によってのみ維持することができる。質の優位によってではない](p.8)ということです。

なぜなら[途上国の高学歴者は、その知識水準において、先進国のそれと変わるところがない]からです。先進国が圧倒しているのは人数です。したがって[量的なリードを質的なリードに変えること]が必要になります。この点、日本は出遅れました。

この論文では知識労働者の生産性が[決定的ともいうべき競争力要因となる]と指摘しているものの、[体系的かつ継続的に取り組むこと]が必要と書かれているだけでした。「会社はNPOに学ぶ」の項目を確認しておきましょう。整理すると以下になります。

(1) 使命(ミッション)の明確化を行う
(2) 人材の的確な配置を行う
(3) 教え・学ぶの継続学習を行う
(4) 目標の自己マネジメントを求める
(5) 高い要求水準に見合う責任と権限を与える
(6) 仕事と成果に対する自己責任を求める

使命、ミッションの明確化からスタートすべきだということになります。ここでまた「使命」とか「ミッション」というものが、どんな概念であるかが問題になるのです。明確な定義がなされているわけではありません。何となくわかる概念にすぎないのです。

 

3 明確なミッション

「ミッション」という言葉は1973年の『マネジメント』にも重要なキーワードとして出てきます。しかし、そこでの記述を読んでも、ミッションを理解したことになりません。これは、ミッションを作ろうとする場面に何度か立ち会った経験から思ったことです。

ミッションの概念を明確にしないと、いいミッションができません。いいミッションができないと、いい目標が導き出されないでしょう。ミッションづくりは最重要なことです。しかしミッションがどんな概念であるか、明確な定義は出されていませんでした。

ドラッカーは1990年の『非営利組織の経営』でやっとその一端を明らかにしています。ポイントとなるのは、ミッションとはリーダーが考えるものであり、それが信念であるという点です。リーダーの信念が何であるかを見れば、ミッションは見つかります。

エディー・ジョーンズの『ハードワーク』にはミッションの記述がありません。しかしリーダーたるジョーンズの信念は明確に読み取れます。「日本のラグビーは世界で通用するレベルになる」ということであり、そうしなくてはならないということです。

ミッションを作るとき、ドラッカーの「何をもって記憶されたいか」という言葉が効果をあげます。自分たちがやりたい仕事は、どういう仕事であると記憶されたいのかを問うことです。このとき記憶してくれる人は全員ではなく、自分にとって意味のある人です。

▼何年か前に、かかりつけの腕のいい歯医者に聞いたことがある。「あなたは、何によって覚えられたいか」。答えは「あなたを死体解剖する医者が、この人は一流の歯医者にかかっていたといってくれること」だった。 p.227『プロフェッショナルの条件』(『非営利組織の経営』第5部)

プロフェッショナルである歯医者が、プロの解剖医に一流と認められる仕事がしたいというのです。リーダーの信念と、「何をもって記憶されたいか」という問いが重要になります。知識労働者の生産性を上げるには、ミッションを明確にする必要があるのです。

 

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