■ビジネスの目的とミッション:ドラッカーの場合 その3


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7 単一だった目的の概念

『現代の経営』におけるドラッカーは、目的の概念が単一であるという前提で「ビジネスの目的」を明確に言い切りました。[事業の目的として有効な定義はただ一つである。それは、顧客を創造することである]ということです。

しかしここで使われる「目的」という用語の概念が多義的だった場合、自ずと別の「目的」があるということになります。ドラッカーは『現代の経営』を書いた後、自ら目的の概念に対して、揺さぶりをかけたのです。

「未知なるものをいかに体系化するか」で示した2つの目的のうちの一つ、「宇宙の目的」にあたる「ビジネスの目的」は上記の通り[顧客の創造]です。もう一つの「宇宙のなかの目的」の方は、その後どう発展していったのでしょうか。

この点で、1973年の『マネジメント』は過渡的な姿勢をとっています。前半の【2 『マネジメント』における「目的とミッション」】に記した通り、ここでは「目的とミッション」という言い方で両者を並列しているだけです。

「宇宙のなかの目的」にあたる「ビジネスのなかの目的」を考える場合、1990年の『非営利組織の経営』での記述が注目されます。ここでは、目的という用語を使っていません。「ミッション(使命)」という言葉を使っています。

 

8 ミッションの概念

「ビジネスのなかの目的」という概念は、ドラッカーの説明だけを見ていても、よくわかりません。ここでは逆に、ミッションの概念を先に明らかにしてみようと思います。その結果、「ビジネスのなかの目的」について何かが見えてくるだろうと思うのです。

『非営利組織の経営』1章の章題が「ミッション」になっています。[ミッションの価値は文章の美しさにあるのではない。正しい行動をもたらすことにある](p.2:名著集4)とドラッカーは言います。

ミッションとは、具体的にはどんなものでしょうか。20世紀の初めに作られたシアーズのミッションは「われわれのミッションは農家のためにバイヤー役をつとめることである」というものでした。[私の好きなミッション](p.3)だとドラッカーは言います。

[病院の救急治療室のミッションの検討に手を貸した](p.4)ときのものは「患者を安心させること」でした。[このミッションから導き出される目標]は[救急治療室に運び込まれるものは必ず一分以内に診察されるべきことを意味した](p.4)というのです。

[ミッションの具体化]が必要となります。[ミッションそのものは永遠のものでよい]が、[目標は具体的でなければならない](p.5)ということです。ミッションから目標が導き出されるようにする必要があります。

▼ミッションは行動本位たるべきものである。さもなければ単なる意図に終わる。ミッションとは、組織に働く者全員が自らの貢献を知りうるようにするものでなければならないい。 (p.4:名著集4)

上記の文ではいまひとつ意味がわからないだろうと思います。これは翻訳の問題です。名著集版『非営利組織の経営』の2007年訳がなぜこうなったのか、よくわかりません。1991年の選書版の訳文を以下にあげておきます。ここが重要な部分でもあるのです。

▼使命の表現は、それに基づいて現実に動けるものでなければならない。そうでなければ、単なるよき意図の表明に終わってしまう。使命の表現は、その機関が現実に何をしようとしているのかに焦点を絞ったものでなければならず、その組織に関わる一人一人が、目標を達成するために自分が貢献すべきことはこれだ、といえるようなものでなければならない。 p.7 『非営利組織の経営』1991年版

 

9 「ビジネスのなかの目的」

ミッションというものは、具体的な目標を引き出すものであって、現実に行動するときの指針になることが必要です。ビジネスにおいて行動を規定しているものが、ミッションだということになります。一つひとつの行動が、ミッションの実現なのです。

[リーダーとして真先になすべきは、よくよく考え抜いて、自らのあずかる機関が果たすべき使命を定めること](p.5:1991年版)です。こうしたミッションの概念をどう見るべきか、「未知なるものをいかにして体系化するか」の該当部分で確認してみましょう。

▼ポストモダンにおける諸体系のコンセプトは、全体を構成する要素(かつての部分)は全体の目的に従って配置されるとする。ポストモダンにおける秩序とは、全体の目的に沿った配置のことである。 p.8 『テクノロジストの条件』

ビジネスにおける諸体系のコンセプトは、どうか。「全体を構成する要素」というべき目標があります。それらがミッション(使命)というべき「全体の目的」に従って配置されているのです。これがビジネスにおける秩序をつくっています。

「未知なるものをいかにして体系化するか」で示された2つの意味の目的のうち、「ビジネスの目的」とは、『現代の経営』での「目的」でした。その内容は「顧客の創造」です。一方の「ビジネスのなかの目的」とは、「ミッション」のことでした。

1957年に[これらの言葉の真意をいまだ十分には理解していない]と書いていたドラッカーが33年後に、概念を明確にしたのです。「宇宙の目的」「宇宙のなかの目的」というわかりにくい表現になったのは、十分理解していなかったからかもしれません。

「マクロとミクロ」ということでしょう。ビジネスに即して言うなら、マクロ的概念というべきビジネス全般に共通する目的がまず必要であり、さらにミクロ的概念というべき個々のビジネスにおける目的が必要となってきたのです。これがミッションでした。

ビジネスにおける目的にはマクロの概念とミクロの概念があって、両者をドラッカーが明確にしたということです。『非営利組織の経営』は『マネジメント』を補強して、ドラッカー・マネジメントの体系を完成させた重要な本だというべきでしょう。

 

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