■高坂正堯の現実世界の分析:隠れた名著『歴史の転換点で考える』 その3


1~3…はこちら
4~6…はこちら

7 一番いい国の人間に占領された日本

20世紀は第一次世界大戦からはじまった感があります。この第一次大戦について、高坂は[人類史上最大の愚行であった]と記しています。第二次世界大戦の場合、[戦争は避けられなかった面もある]けれども、第一次世界大戦は事情が違うのです。

▼第一次世界大戦は、全当事国がやる気もないのにはじめた。あるいは早く終わるつもりではじめた。それが長期にわたって戦い続け、借金に借金を重ねてなお戦ったのである。この大戦で、優秀な人材の多くが死んでしまった。それは当時の指導者たちが、十九世紀の戦争のように、戦争は早く終わり、コストも限定されたものであると、昔の常識に従っていて、全体戦争が起こりうるようになったという大変化を認識していなかったからである。 p.25

これ以降、ヨーロッパ経済の弱体化が進みました。日本の場合も、[高品質の繊維製品ではイギリスに勝てず、低品質の繊維製品では中国に勝てなかった]。いまの日本は[第一次世界大戦後の日本の状況に似ている]のです。そして日本は対応を誤りました。

しかし[第二次大戦に負けるという効果的なショックがあって、日本は立ち直った]と高坂は考えます。[大恐慌に苦しんだアメリカは、その苦しみの中から多数の優秀な人材を生み出した]。[日本は、一番いい国の人間に占領された。リーダーもすぐれていた]のです。

▼将校の大半は大学生から志願して入隊し、戦争の苦しみを経験して中尉や大尉になって日本にやってきた。1930年代のアメリカの大学がいままででいちばんよかったとピーター・ドラッカーはいっているが、彼の学風が当時少数派であったことを考えると、証言として価値がある。その大学で学んだかれらが具体的な改革を実施したので、そのため改革がうまくいった面を忘れてはならない。もしも恐慌を体験していないアメリカ人に占領されていたら、あれほどうまくいかなかっただろう。 pp..46-47

8 負けを認めて変わること

戦後の日本は幸運によるものでした。[日本の急速な経済成長も冷戦がなければ実現できたか疑わしい。さらにいえばレーガノミックスがなかったらアジアがこれだけ成長することもなかったはずである(p.197)]。アメリカがどんどん製品を買ってくれたのです。

しかし[冷戦が終わったことで加速要因はなくなった]ため、もはや急速な経済成長を後押ししてくれるものはありません。日本の場合、バブル経済が崩壊しています。世界史的に見ても[あれだけ大規模なバブルは、やはりめずらしい(p.26)]でしょう。

高坂は[今回の不況は、日本が第二次世界大戦に負けて以来最悪の出来事だといえる(p.49)]と分析して、その責任が不明確なままであることを問題視しています。[指導者が責任をとり、過去の清算がなされないと、新しい体制作りが難しい(p.55)]からです。

負けを認めなければ、変れないことを高坂は強調します。[第二次世界大戦で日本が負けたことはだれにとっても疑いようがない](p.147)。しかしバブルの崩壊が明確な負けだとの認識はありません。これでは従来のシステムを変えられるはずありません。

[日本の国際的地位はいまだに低いまま(p.196)]なのは、勝っていないという点で原動力になるかもしれません。すでに[大量生産方式時代に少しおくれ]て形成された階層秩序的な大企業が力を失いつつあり、小さな強い組織への生まれ変わりが始まっています。

9 この130年間の制度をすべて疑え

世界を見ても、負けを認識しない国と認識した国の違いがあると高坂は分析します。[私の友人は「この冷戦が終結する過程で最大の問題は、ロシアが負けた、ソ連が負けたということがはっきりしていないことだ」といっていたがそのとおりだと思う(p.149)]。

この点、[中国はまるでちがう]のです。文化大革命によって[想像できないような過酷な断絶]があったとみられるため[中国は今うまくくいきつつあるのではないか]。しかしうまくいけば[長期的には困るのはむしろ中国である(p.201)]と見通します。

▼中国が経済成長に熱中している間はまだよい。しかし、もしうまくいって国力が増大したら、こうした世界観から自分たちが世界に堂々と発言するのは当然だという態度を正面から打ち出してくる可能性もある。 p.201

現実が後追いしています。高坂は外交史家の言葉を引きます。「レーガンが最後にむちゃをやったから、冷戦はあの形で収まった。もう少しリーズナブルな人間だったら、これほど早く冷戦が終わることはなかった(p.161)」。この意味からレーガンの[ポピュリスト的なやり方]を評価をするのです。

高坂は[この130年間に起こったことは、すべて疑ってよい]と振り返ります。1860年イタリアの統一が半分成功、1865年南北戦争が終結、1866年普墺戦争でオーストリア・ハンガリー帝国が作られ、1867年北ドイツ連邦が成立しドイツ統一がほぼ完成、1868年明治維新。

▼この130年間が終わったとすれば、この間にできたあらゆる制度も考え方も変わらざるをえない。だから現在は不透明なのだが、疑うことは前進への第一歩である。 p.208

この本の文章を、高坂は以上の言葉で締めくくっています。日本は冷戦で勝者側にいたわけでもなく、バブル経済のあとの不況で相対的な国力を急低下させた国です。従来からの制度も仕組みも、すべてゼロベースで疑っていくしかないということでしょう。