■「全体最適」への警告:経済学者ロバート・M・ソローの考え

 

1 野心的すぎることはよくない

AIの技術が急速に進歩して、これからの夢が語られる機会が増えています。何度か、その種のお話を聞きに行きました。現実化しそうなものと、疑問符のつくものとが混在しているように思いました。人間の能力の代替には難しい点があるのだと感じます。

こういうとき、あまりに大きなことを試みるよりも、まず着実な成果をあげていく方が、結果として大きな成果をあげられるのではないかと思いながら話を聞きました。AI技術の発展に限らず、急速な飛躍を目的とするのは、どこか危うい感じがします。

先進的学問といわれる経済学で圧倒的な成果をあげた学者が経済学の限界を語っています。ロバート・M・ソローは[あまりに野心的すぎることは経済学にとってよくないと思う][万能理論などとても無理だ]と記しています(p.274『現代経済学の巨星 下』)。

 

2 全体最適化を追求することの危険

社会は複雑で、理論通りに行かないという主張です。[幅広い各種の制度的取り決めや行動パターンが存続可能である]ことから、[特別の理由がなくとも生き残るような特性が数多くみられる]のであるから、その結果[発展過程の多様性が起こりうる]のです。

こうした多様性に対処する場合、どういう考えが必要なのでしょうか。ソローは言います。[私は、経済学ではあまり深刻にならずに、ただ必要なことを実行するだけでよい、と考える]。そうなると大きな全体的な視点が問題になるかもしれません。

▼全体最適化についてはどうか、と問われもしよう。それはたしかに大事な問題である。しかし私としては、あまりにも熱心に全体最適化を追求する人たちは急峻な崖から落ちる危険に遭うのではないか、と心配する。 (p.272~273 『現代経済学の巨星 下』)

先のことが明確でないときには、全体を考えることも必要ですが、まず目の前の必要なことを解決すべきだというのです。全体最適の発想が万能理論に傾きがちなことへの警告にもなっています。多様性に対応するためには、万能理論を放棄するしかありません。

 

3 多様性へのアプローチ方法

多様性へのアプローチの仕方としては、[一から始めるよりも適当にいじくりまわしているほうが、よほど良い結果をもたらす]とソローは考えます。最初から適切な優先順位をつけることは無理があるので、実践の中で見えてくるものに従えという考えです。

▼このアプローチは、「害になることはしないように」という医者に対するヒポクラテスの誓いにも適合しているし、一つ一つ手をつけていく段階的手法はまた、局部最適化をもたらす優れた万能処方である、と私は主張したい。 (p.272 『現代経済学の巨星 下』)

先が見えにくいときには、まず「局部最適化」をすべきなのです。[私が好む断片的な方法による経済学だと、せいぜい相互がかろうじて連結しあえる程度の小モデルをいくつか集めるだけのことになる、と時々言われる。私はそれで満足している」と言います。

ソローは[個々の点については妥当性を持たぬ単一の統合的モデルにこだわること]のリスクに警鐘を鳴らします。まず必要なことを最適化することから始めたらいい、それが万能の処方だというのです。安直な全体最適への戒めとして、貴重だと思います。

 

 

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