■独学の方法:柳川範之『東大教授が教える独学勉強法』を参考に

 

1 勉強しようという機運

先日、研修機関の人から、最近どんなことが気になるかと聞かれました。思いつくまま、マネジメントの勉強が必要だという若手リーダー、業務をどう構築しようかと考える経営層、新しい分野の勉強が必要というビジネス人、こういう人が目立つと答えました。

最近に限らないはずですが、勉強しないといけない…という機運があるように思います。研修を受けただけで自分で考えない場合、なかなか成果があがりません。どうしても自分で勉強することが必須です。どうやって勉強したらよいのかが問われます。

『東大教授が教える独学勉強法』の柳川範之は高校に行かず、通信制大学から教授になった人です。この本での学問のすすめは、こんな風です。情報を選ぶために基準が必要、それを与えるのが学問であり、ほとんどの学問は基準を与えるためにある…と。

 

2 自分のペースで進める

独学の最大のメリットは、自分のペースで勉強できることだ…と柳川は言います。これは切実な点でしょう。忙しいリーダーたちが毎週学校に通うのは困難です。そこで、自分に合った教材を選んで、自分で考えながら進め、自己評価していくということになります。

学問に限らず、世の中のほとんどのことについて、何が正解なのかよくわかっていないのです。だから、仕事においても、生活においても、本当に重要なのは、正解のない問題にぶつかったときに、自分なりに答えを出そうとして考えていくことだと思うのです。

自分のペースで進めていっても、うまく行っているかどうかの自己評価は可能です。自分だからこそ気がつくことがたくさんあります。教材選びなら、この教材はわかるという感覚があるはずです。自分なりの客観的な基準で確認していけば、問題は起きません。

柳川は、大切な指摘をしています。<私は本から得られる何らかの情報や知識をもとに、自分なりに考えていく過程のほうが勉強する上で大事だと考えています>。本の完璧な理解よりも、教材を手段にして自分で考えることのほうが重要だということです。

 

3 楽しいかどうかの基準

学問は、<目の前の現実の世界で問題や課題に直面した時に活用できて、はじめて意味を持ちます>。したがって、<学問と現実を関連づける能力 ―「応用する力」が必要になります>。ここで柳川は「普遍化する」必要性を主張しますが、違和感のある用語です。

<似たものを「関連づけて」いくことで、本質をとらえる>のは、類推(アナロジー)の方法です。類推は王道でしょう。ただ、<普遍的な構造を見つけ出すことが、結果的に本質を理解することにつながる>…かどうか。「普遍的な構造」とは行き過ぎた表現です。

柳川の言う「基準」が「普遍的な構造」であるなら、たとえ経済学であっても、現実にはまず存在しません。学問の基準は多くの場合、補助線だと思います。現実を見るとき、補助線は絶大な効果を持ちます。マネジメントの勉強も、現実を見るヒントになります。

柳川の主張にない点で重要なのは、楽しいかどうかの基準でしょう。自分で楽しみを見出してこそ、独学です。<途中からその中でも経済学の勉強がおもしろくなってきてしまい、方向転換をして>…とあります。楽しいところを見つけることがポイントでしょう。

 

4 追記

「普遍化」についてよくわからなかったという指摘がありました。別のところで柳川は、<歴史的な事実から、いつの時代にも通じる普遍的なストーリーを読み取るという「普遍化」の作業は重要なのです>…と書いています。とんでもない考えです。

歴史から普遍化したストーリーを取り出すという発想はナンセンスです。歴史的事実の発生は、そんなに単純ではありません。定量化できないものを定量化して普遍化したといい始めたら、それは傲慢でしょう。専制を生む発想です。ドラッカーも触れています。

一方、資料収集について、<走りながら、その都度その都度探してくるイメージで>との指摘は貴重です。<資料収集というのは勉強が進むに従って、自分が関心を持ったり考えたいことについての資料が出てくるもの>…だからです。

大切なことは、自分で答えを出そうとして、自分なりの勉強法を見出すことです。自分流の勉強法を「発見」しなくてはなりません。上記で触れたのも独学の大切さについてでした。独学ですから、当然、普遍的な方法などない…というのが結論です。

 

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