■マネジメントの本の読み方:『星野リゾートの教科書』から
1 教科書通りに経営
マネジメントの本を読むとき、それぞれの立場で読み方が変わってくるのだろうと思います。私のように文書からマネジメントを見る場合、ビジネスモデルをどうやって業務の形にしていくのか…という発想で読んでいきます。
しかし経営をする人は、また違った読み方になるだろうと思います。『星野リゾートの教科書』の最初の10ページ程度の部分に、星野佳路(星野リゾート)社長の教科書の読み方が書かれています。とても大切な指摘がなされています。
私は1991年に星野リゾートの社長に就任して以来、経営学の専門家が書いた「教科書」に学び、その通りに経営してきた。社員のモチベーションアップも、サービスの改善も、旅館やホテルのコンセプトメイクも、私が経営者として実践してきたことはすべて教科書で学んだ理論に基づいている。
私はこれまでの経験から「教科書に書かれていることは正しく、実践で使える」と確信している。課題に直面するたび、私は教科書を探し、読み、解決する方法を考えてきた。それは今も変わらない。星野リゾートの経営は「教科書通り」である。
2 企業経営のアートとサイエンス
ここでいう教科書とは、<米国のビジネススクールで教える教授陣が書いたもの>です。教科書通りに読んで実践するのは、日本の経営者として、かなり異色です。星野本人も、<教科書どおりに経営している人は、周りを見渡しても多くはない>と語っています。
『社長は少し馬鹿がいい。』で鈴木喬エステー会長は言います。<「MBAでどうした」とか言ってるが、理論家で成功したヤツなどあまり見かけない。経営は「現実」との取っ組み合いだ。現実とは血の通った生き物だ。理論ごときで太刀打ちできるはずがない>。
星野は、<企業経営は、経営者個人の資質に基づく「アート」の部分と、論理に基づく「サイエンス」の部分がある>と言います。個人の資質に依存する企業は、今も昔もあります。大成功を収めた企業にはアート感覚の優れた経営者がいることが多いはずです。
3 一行ずつ理解・何度も読む
星野は、1991年に社長に就任しました。マネジメントが大きく変わり、経営の「定石」が充実してきた時期です。定石を知り、基準を持って経営することにより、正しい判断の確率が高まり、行動のぶれが減り、判断理由が説明できる…ことにつながります。
定石を理解していることで、<思い切った経営判断に勇気を持って踏み切るきっかけを与えてくれる>と星野は言います。それゆえ、変化を受けやすいけれども小回りの利く<小さな会社の経営にこそ、教科書の理論を生かす意味が大きい>との洞察になります。
もちろん、教科書の言いなりではありません。自分が言いたかったことを言っている本を探し、徹底して読み込み、言うところを徹底することが必要です。<1行ずつ理解し、わからない部分を残さず、何度でも読む>…という読み方になります。
ビジネスモデルを現実の業務にする際、その指針を記しておくことが重要です。これは星野が言うのと同じ話です。書くことによって正しい判断の確率が高まり、ブレが減り、共通の理解が進みます。読み方については、[ある方法…本の読み方]に書いています。
4 追記
経済学の理論を学んで、それを必要に応じて適応することは、もはや常識です。その適応の仕方が政府やエコノミストの実力だと言うべきでしょう。同じことが経営にも言えるということです。マネジメントの定石を学ぶことが必要なのです。
P&GのCEOだったA・G・ラフリーが、『P&G式「勝つために戦う」戦略』で、<1980年代にマイケルの戦略論を採用した>と書いています。しかし、星野は、こうした大企業だけでなく、中小企業こそ学ぶべきだと言うのです。
経営者個人の資質に基づく「アート」の部分だけに依存することは、リスクがありすぎるということでしょう。潮流が変わったのは、ラフリーが言うように1980年代でした。文書の面から見る限り、この点、日本企業は遅れているように思います。