■「文章力」とは:どんなトレーニングが必要か
1 「文章力」とは
文章力をつけるにはどうしたらよいか…と、ときどき聞かれます。「文章力」とは、どういうことを意味しているのでしょうか。その人にお聞きしても、明確な定義を示してくれるわけではありません。私にもよくわからない概念です。
「文章力」というとき、読み書きでいうと、書く方に力点が置かれる傾向が強いようです。短時間に大量の文章が書けるようになりたい、それが文章力だ言った人もいました。そうかもしれません。その一方で、表現する能力を文章力だと考える人もいました。
よくはわからないのですが、あえて言えば、文章力とは、自分で自分の文章が直せる能力のことかな…とも思います。書くことと読むことは一体です。自分の文章を他人の視点で読んで、違和感のあるところを修正できるならば、文章が達者なのはたしかでしょう。
2 読むことが優先される
「文章力」に関して、どうやら読むことが先行する気がするのです。きちんと読める状態であったなら、何となくおかしいところに気づくはずなのです。その違和感をもたらす原因をうまく説明できたら、それだけ「文章力」が向上する気はします。
たとえば、2015年9月23日付の日経新聞の社説にあった以下の文はどうでしょうか。社説はプロの書く文章ですから、間違っているはずはありません。ただ、何となくおかしいと感じる人がいるはずです。当然、おかしくないと感じる人もいるでしょう。
この地域での日本企業の投資は従来、米国市場をにらんだメキシコでの生産拠点づくりと、チリでの鉱山開発が目立ってきた。
何度か読むうちに、おかしくない気がしてきます。意味もきっちり通じます。ところがはじめて読むと違和感があって、もう一度読み直したくなる文だと感じる人もいます。私もその一人でした。何となくおかしいと感じるのは、なぜなのでしょうか?
3 文構造はどうなっているか
私たちは、日本語の文章を読むとき、文構造などほとんど考えに入れません。そんなことを知らなくても、文は書けますし読めます。しかし、文が何となくおかしいとき、文構造を意識すると、違和感の説明が出来ることもしばしばあるのです。
先の例文の文構造を見てみましょう。「この地域での日本企業の投資」について語っています。これが主役、つまり主体です。それが、「目立ってきた」のです。この主述関係に問題はありません。では、何において「目立ってきた」のでしょうか。
目立ってきた対象は、「米国市場をにらんだメキシコでの生産拠点づくり」と「チリでの鉱山開発」です。<日本企業の投資は><拠点作りと開発が><目立ってきた>という構造です。対象となるものに助詞「が」が接続しています。
「主体は、対象が…述部です」の文型は「状態」を表します。これと対比されるのは、「主体は、対象を…述部です」の文型です。こちらは「行為」を表します。例文の場合、対象となる語句に助詞「が」が接続していますから、状態を表す文型です。
4 感覚を磨くトレーニング
私たちは、文の構造を意識しなくても、助詞の接続の感覚がわかっていれば、自然に正常な文構造を作ってしまいます。文章を読んだとき違和感を感じるのは、その文が文構造に合っていないのではないか…という感覚だろうと思います。
助詞の使い方は5歳くらいまでに習得されますから、音感と同じようなものです。その感覚がすぐれていることは、「文章力」の重要な要素でしょう。もし文章力をつけたいというなら、この感覚をトレーニングすることが大切なのではないかと思います。
①<日本企業の投資は>、②<拠点作りと開発が>、③<目立ってきた>…とあったら、①と③に主述関係は成立するか…が判断可能か、②の対象に接続するのが助詞「が」であるため、③は「状態」を表す述部になる…と判断できるか。このあたりが問題です。
例文の違和感は、③の文末にある、行為を思わせる<てきた>という音が原因のようです。<目立つことが多かった>というほどの意味ですから、<目立っていた>や<多かった>なら気にならなかったはずです。こうした感覚を磨く必要がありそうです。