■日本語文法:不要な文法項目と必要な文法項目

 

1 文法がいらない人

中公新書の棚を見ていたとき、加藤秀俊の『なんのための日本語』を見つけました。意外な感じがしました。加藤秀俊が日本語の本を書いていたとは知りませんでした。この人は、文科系の学者によくみられる読み書きに困ったことのない人だろうと思います。

文法について、どう書いているのでしょうか。予想されたとおりでした。<「文法」というものはわれわれのふだんの言語生活にとって、それほど重要ではないような気がする>…とのこと。重要でないばかりか、文法自体に疑念をもっている様子です。

<人と話をしたり、こうして文章をつづったりしているときに「文法」を意識することはない>…というのは、その通りなのでしょう。わざわざカッコに入れて文法と書いているように、こういう人にとって「文法」は必要ないのです。

 

2 いらない文法項目

もともと文章が書ける人にとって、文法学者は軽蔑されがちな人々です。文法学者が名文を書いているのなら別ですが、しばしば文章が下手です。<夏目漱石は「文法家に名文家なく、歌の規則などを研究する人に歌人が乏しい」といった>…と書き記しています。

いつものお約束のように、文法が役に立たないという谷崎潤一郎の『文章読本』を引用して、文法が無用であることを、谷崎に主張してもらっています。ただ加藤の本が示唆に富むのは、具体的に何がいらないのかを書いているところです。

「水を飲む」という「文」を品詞に分解したり、「飲む」という動詞の「未然形」「連用形」などという語法をいちいち考えていたりしたら面倒くさい。そんなことは文法の書物を参照しなくても、お互い、ちゃんとわかっている。

品詞分解や活用形などの語法は不要だというのです。その通りでしょう。さらに付け加えるなら、敬語についてもあまり重要性は高くありません。ビジネス文や学者が書く学術的な文には、敬語は原則不要です。いらない文法項目がたくさんありそうです。

 

3 文法が軽視した重要項目

加藤は、<文法をやかましくいうのは日本語だけではなく、言葉を使う立場からするとしばしば無用のことのように見える>と言います。原則として、その通りなのです。品詞分解、活用形など、読み書きにほとんど役に立ちません。

重要なのは、文の構造を読み取ることです。そのためには語句の文中の役割を知ることでしょう。そのとき頼りになるのが、接続する助詞です。文の要素たる語句の機能と、文の構造がわからなくては、たくさんの文法項目を並べても意味がありません。

谷崎潤一郎が、昭和33(1958)年に「気になること」を書いています。文法が不要だと言った谷崎も、助詞の使い方の間違いには容赦なく批判を加え、<私にはかう云ふのは何としても我慢がならない>と書いています。助詞の機能が大切なのです。

日本語文法の中心となるべき項目は、助詞の接続によって定まる語句の役割と、それによって形成される日本語の文構造の説明だろうと思います。従来の文法が、あまり触れてこなかった項目です。「言葉を使う立場」に立った文法が必要だということでしょう。

 

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