■日本語性悪説:翻訳を通じた日本語の変容

 

1 日本語に論理がないと言われた理由

日本語には論理がないと言う人たちがいました。渡部昇一は「日本語の変容をもたらしたもの」(『レトリックの時代』)で、<英語は論理的な言葉であり、日本語には論理がない、ということは学校の英語教育の場では常識になっていた>…と記します。

英語には主語があり、動詞があり、補語あるいは目的語がある。とにかく英文法をやれば上手下手は別として、英作文が出来るぐらいに論理的な構造を持っているという実感があった。これに反して、日本語の書き方を国文法で教えるわけには行かないだろう、というのが一般的な感じ方であったと思う。

英語も古い時代にはそれほど構造が整理されていなかったと指摘しながら、ラウスとマレーの文法の成立以降、文を理屈で考えて解釈できるようになった事実を示します。そのため<「英語は論理的な言葉である」という印象を与えたのであった>というのです。

 

2 翻訳:日本語の変容の要因

日本語が変容してきた要因に、渡部は「日本語性悪説」があったと推定しています。<西欧の文明を担った英語を訳すのに、旧来の日本語でよいはずはなく、必ず一味違うはずだ、という気持ちがどこかにあったのだろうと思う>と記しています。

<入試英語で「直訳」して、意味は何とか通ずるが奇妙な日本語を「書く」ことによって、日本のインテリは最も集中的な日本語作文の訓練をしたのであった>とのこと。その結果、新聞の論説の文章などの書き言葉を形成していったと見ています。

谷崎潤一郎も『文章読本』のなかで、翻訳書のわかりにくさを指摘し、そういう場合は原文を見るとわかると言っている。しかし現在ではそういう翻訳は数少ない。翻訳技術もさることながら、日本語自体が変容を遂げたからである。

日本語の書き言葉が戦後になって大きく変化してきたことは、多くの人が指摘しています。テレビ・ラジオの普及、新聞・週刊誌の普及などによって、共通の文章日本語が形成されていったという主張もあります。渡部は翻訳に注目したのです。

 

3 英文法をくぐった日本語

日本語の変容現象について、渡部はフリートリッヒ・パウルゼンというラテン語学者の見解に注目します。<ローマの学問がギリシアの哲学を吸収しようとして1000年近く努力した結果、古典ラテン語は中世ラテン語に変容した>…というものです。

つまり、「ギリシア哲学をくぐったラテン語」が中世ラテン語なのであり、それによってのみ、スコトゥスやアクイナスの精密な哲学が可能になり、かつ、深い真情を表現する宗教詩も可能になったという説なのである。

日本語でも同じことが起こったのだと渡部は言うのです。英語を翻訳しようとして格闘するうちに、「英文法をくぐった日本語」が形成されていったと考えています。1976年に発表された原題「英語教育のインパクト」の主張は、いまもインパクトがあります。

 

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