■現場情報の有効利用:青木昌彦『移りゆくこの十年 動かぬ視点』「タテとヨコ」

1 現場情報の有効利用はむずかしい

私たちが業務を考えるとき、「労働の分業」を意識するのが普通です。ハイエクは、これと同じくらい重要なものとして、「知識の分割」を問題にしています。特定の状況下で、適切で迅速な対応が必要なとき、どうするのがよいのか…という点を問題にしました。

普通に考えると、「現場の情報」を持った人に決定を託すのがよいと言えそうです。しかし、現場の情報を持つ人がたくさんいます。知識が分割されているのです。少数に託せません。現場情報を全体として有効に利用するには、どうしたらよいのでしょうか。

ハイエクは、計画経済と価格メカニズムを比較して、計画経済には無理があり、価格メカニズムが現場情報を利用するのにふさわしい情報の体系だと考えました。しかし青木昌彦は、『移りゆくこの十年 動かぬ視点』「タテとヨコ」で、この考えを否定しています。

 

2 企業組織の情報システム

ハイエクの考える「価格メカニズムの情報システム」では、各個人が自分の知識を最大限利用することによって、現場情報が最も有効に利用されるはずでした。しかし青木は、ハイエクの考えには、<組織としての企業の理論がない>…と指摘します。

企業を企業家個人の集合であると考えるのは、現実的ではありません。青木は、巨大企業組織が、国家に負けないくらい高度で複雑な情報を処理している現実を見て、「企業組織の情報システム」に注目します。アメリカ企業型と日本企業型にモデル化しています。

アメリカ企業型は、分割した情報を統合して有効な計画を作り、実行を管理していく分業化システムです。管理・計画を専門家が行います。日本企業型の場合、ヨコの連携を取って現場情報を流し、状況に合わせて計画を変更する体系です。優劣があるでしょうか。

 

3 タテとヨコの融合

青木は、ハンバーガーのような同質の製品を扱う場合、アメリカ型の分業化システムを採用したマニュアルに基づく業務が有利だといいます。一方、自動車のようにモデル競争が入り乱れる多様な製造が必要な場合、現場の適応性を重視する日本型が強いとします。

青木は「タテとヨコ」を、1991年1月に書いています。自動車やメモリーチップの製造を見て、日本が強いと考えるのは早計だと指摘しています。全く新しい開発をするときには、アメリカ型の専門化システムが強みを発揮する、と指摘しているのはさすがです。

10年後の追記で、現場情報をタテに流すアメリカ型とヨコに流す日本型の融合を、湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦に見ています。重要な点は、(1)指揮系統の簡略化と、(2)指導者は戦略的な決定に集中し、それ以外の詳細な決定を現場に権限移譲したことです。

 

4 日本の組織に求められるもの

では、現在の日本の組織はどちらに進んでいるでしょうか。業務マニュアルの面から見てみましょう。従来の標準化中心の業務マニュアルは、ますます有効性を低下させています。一方、業務マニュアルのない組織が動き始めました。

新しい概念の業務マニュアルが模索されています。厚い詳細な業務マニュアルが使われることは、まれになりました。指揮系統の簡略化と、各現場への決定権限の明確化が進んでいます。しかし、それらを仕組みにして、文書に固定化するのに苦労しています。

現場情報を有効利用しなくては、組織の存亡に関わります。リーダーは重要な決定に集中し、現場のプロが個々の決定をなす-。この形を有効に働かせるための具体的な仕組みが、求められています。現状を踏まえた、有効性のある仕組みが形成されつつあります。

★その後、青木昌彦の訃報に接して、青木の考えについて記しました。

タテとヨコの融合   タテとヨコの融合再論

 

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