■全体最適と部分最適

1 全体最適を言う前に…

偶然かもしれませんが、このごろご相談の際に、全体最適と部分最適という話を聞かなくなりました。かつて何度も聞かされて、うんざりしたことがあります。部分最適でなく、全体最適でなくてはダメだというあの話です。これは、詰めの甘いお話です。

この件で、印象深いやりとりを思い出します。ある部長さんに頼まれて、杉浦和史先生のところにお連れした時のことです。部長さんが、部下は部分最適を目指して働いているが、全体最適がわかっていない、と話しはじめました。

そのとき先生が言ったのは、全体像ができていますか、それができずに全体最適と言っても、意味がないでしょう、ということでした。全体像を示しているのかを問われて、部長さんは黙ってしまいました。

ビジョンはトップダウン、アクションはボトムアップということです。全体像を描くのは、リーダーのほうです。全体像が示されなかったら、全体最適がどういうものかわかりません。全体最適をいうなら、全体像を示すことが必要です。

全体像が示されない中で仕事をする場合、与えられた仕事をきちんとこなす以外にありません。これを部分最適だと言うなら、その通りかもしれません。しかし、この場合、非難されるべきは、リーダーのほうです。

 

2 断片から全体を構成する

全体像を示すのは、簡単ではありません。プロジェクトの全体像を示すことができる人は、リーダーの資質がある人でしょう。文書でも同じです。全体の価値がどういうものであるのか、各パートごとの価値はどうなのか、明確にする必要があります。

全体構築をするためにとるべき方法は、リーダーごとに違うかもしれません。ここでは、やや大きめな文書を作るときの方法について考えてみたいと思います。文書全般に言えることですが、全体と部分の関係をどう構築するか、その訓練が大切です。

文書の全体像を作るためには、設計図が必要です。文書の設計図を書くことによって文書の全体像ができあがります。部分というのは、いわば部品です。材料の中から、磨き上げるべき断片を見つけて、それを部品にする過程をたどります。

全体と部分の関係は、どういう関係になっているのでしょうか。全体像というものは、2つの軸足の上に成り立っています。1つは、構造を構成する要素です。これが部品です。もう1つは、要素間の関係性です。両者の組み合わせで、全体を構成します。

最初から全体像があって、それにそって部品を入れ込むという方法もあります。これは、テンプレート(雛形)に流し込む方法です。最初から全体像がありますから、楽なようですが、お勧めできない方法です(「業務マニュアルとテンプレート(雛形)」)。

材料の中から「これは!」というものを見つけて、全体の一部を構成する断片に磨き上げることが必要です。こうした断片を複数作り上げることが、ポイントになります。これらの関係性を見出すことから、上位概念を構築することになるからです。

上位概念というのは、体系あるいは仕組みといってもよいと思います。それらの概念を明確化することによって、全体像が作られます。ただし、上位概念を明確化するまでに、もうひと苦労が必要です。

 

3 全体から部分を検証する

磨き上げた断片の関係性から全体を構想することは、部分から全体に向かう構築です。これだけでは不安定です。あくまでも仮説です。作り上げた体系をもとに、今度は、部分を検証していくのです。まだ部品になる前の素材をチェックすることになります。

具体的には、全体像と合わない不要な素材がないか、不足する素材がないかを見つけることになります。こうやって設計図を完成させていきます。設計図を作り上げる作業について、清水幾太郎が書いていることが、参考になります(『私の文章作法』)。

設計図を作る過程で、材料不足に気づいて勉強しなおす結果になったり、そのために自分の考えがふらつくこともあるというのです。しかし、「自分の思索が本当に綿密になるのは、この段階であるともいえるのです」と。

材料不足に気づくためには、自分の仮説が、きちんとした体系や仕組みになっているのかチェックすることが必要です。概念が、明確で簡潔な言葉で説明できるかどうか、を確認してみることが必要です。概念が不明確なら、やはり思索が綿密でないのです。

概念が不明確だと、きちんと部分が検証できないのです。部分から全体を作り、全体から部分を検証することは、練習が必要です。逆に、きちんと全体像を作る経験があると、他分野との共通性や、異質なところが参考になって、構築を容易にしてくれます。

リーダー養成のために、有望な若手を業務マニュアルの作成担当者にした、というお話を何度かお聞きしたことがあります。リーダーになるためには、全体像を構築する経験を持つことが必要だろうと思います。

 

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