■『新釈現代文』を読む

1 20年間定番だった参考書

伝説の大学受験国語参考書である『新釈現代文』が復刊されて、何年か前に話題になりました。いまも書店に並んでいます。確認してみると、ちくま学芸文庫から出版されたのは2009年でした。初版は1959年とあります。20年以上定番だった名著だそうです。

興味にかられて、読んで見ました。かつての受験参考書のレベルは、かなり高かったのですね。読み応えがあるというよりも、読み通すのが大変です。いまの大学生なら、放り投げるはずです。この本が定番になったことが不思議になってきます。

話の進め方が、ゆったりしています。冒頭に、≪この本は、結局「たった一つのこと」を語ろうとするものです≫とあります。その「たった一つのこと」とは、どんなものなのか。ずっとわからないままに話が進んでいきます。

84ページにいたって、≪今、その「たった一つのこと」を述べる時を迎えたわけです≫という文が来ます。しかし、その直後に説明がありません。88ページになって、≪一言にして言えば、「追跡」ということです≫、と明らかにされます。

こうしたスタイルが、どちらかというと、もったいぶった感じを与えます。先に言ってくれればいいのに、という気分になります。この「追跡」による解説が、問題文の何倍もあり、解説文を読むのに疲れる感じがします。早く答えを教えて欲しくなります。

 

2 「文章日本語」確立前の問題文

全体に、問題文は短めです。解説で石原千秋が、この点について書いています。

この『新釈現代文』が世に出た1950年代は、まさに知識から論理へという受験現代文の転換期だった。戦前のスタイルそのままに、収められた問題文はまだ非常に短いが、現在のように長文化する傾向がはっきり現れるのは1970年代に入ってから、ほぼ現在の形になるのは1980年代に入ってからである。

現在の日本語の書き言葉が確立した時期について、司馬遼太郎は昭和30年代後半と語っていました。1960年ころですね。この参考書が書かれた時期にあたります。入試問題が、日本語の変化に合わせて変遷してきた様子が、上記の引用から垣間見えます。

この参考書の書かれた時期が、日本語の変わり始めた時期ですから、引用された文章は、ほぼすべて現在のわれわれの感覚からすると、やや古い感じがします。「文章日本語」の確立前の文章です。その上、問題文が短くて、正解を出すのに苦労します。

しかし、読みすすめるうちに、定番になった理由も、わかる気がしてきました。問題が41問という必要十分な量です。国文学者が、丁寧に200ページで解説してくれるなら、学校の授業より頼れると感じられたはずです。比較優位にあったのでしょう。

 

3 必死にがんばる日本人

41問の中に、朝日新聞の天声人語を問題文にしているものがあります。他の文章に比べると、現代の文章に近いものです。それでも設問2と3で、「どこからどこまでの範囲なのか」を問うているのには、苦笑させられます。

人の感想や聞いた話が、どこからどこまでか、問題にならないくらい明確に書かれていなくては、文章のほうが失格です。それでも何となく正解は出せます。コラムですから、仕方ないのかもしれません。しかし、この問題の設問1の答えには違和感を感じました。

「広重は雨が好きだったんでしょう」と言ったのは、国際オリンピック委員会のブランデージ委員長である。上野の博物館を見学のおり、「あいにくの雨で」というあいさつに応じてのことばであった

設問は、≪「広重は雨が好きだったんでしょう」ということばの裏にはどういう意味があるのか≫…というものです。普通に読めば、相手を気づかいつつ、雨が好きな広重と同じ感覚を私も味わっています、「あいにく」ではないですよ、といったところでしょう。

解答を見ると、「日本人に忘れられた雨の詩情を思い起こさせようとした」となっています。問題文の結びの文章が、≪日本人なら、なんでもないありふれた感想であろうが、外国人の口から語られると、また別の味わいがある≫…なのは、何となく皮肉です。

まだ高度成長が始まる前の、必死にがんばっている日本人を感じさせてくれる参考書でした。

 

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