■法の支配と法治主義:業務を考えるときの基本

1 法の支配(the rule of law)の意味

以前、講義で法の支配と法治主義の違いに触れたことがありました。皆さん、両者の違いをあまり意識していない様子でした。同じように扱っている参考書もあるようです。第二次大戦後、両者はほとんど同じ意味になりましたから、間違いではありません。

しかし、本来、両者は違った概念でした。法理論のお話ですけれども、ビジネス人も知っておいたほうが得です。両者の違いを理解しておくと、業務マニュアルをはじめとしたビジネス文書を考えるうえでのヒントになります。ちょっと確認してみたいと思います。

法の支配(the rule of law)というのは、英米法の概念です。法治主義(法治国家)というのはドイツ法学の概念です。ともに法によって権力を抑制しようとする点で、両者は共通しています。ポイントとなる違いは、「法」の意味にあります。

「法の支配」に言う「法」は、内容が合理的でなければならないという実質的要件を含む観念であり、ひいては人権の観念とも固く結びつくものであったことである。これに対して、「法治国家」に言う「法」は、内容とは関係のない(その中に何でも入れることができる容器のような)形式的な法律にすぎなかった。 芦部信義『憲法』

法の支配の考えに従えば、内容に合理性のない法は排除する、ということになります。現在、法治主義もほぼ同じ意味になっているようです。

戦後のドイツでは、ナチズムの苦い経験とその反省に基づいて、法律の内容の正当性を要求し、不当な内容の法律を憲法に照らして排除するという違憲審査制が採用されるにいたった。その意味で、現在のドイツは、戦前の形式的法治国家から実質的法治国家へと移行しており、法治主義は英米法に言う「法の支配」の原理とほぼ同じ意味を持つようになっている。 芦部信義『憲法』

ここにいう法の内容の正当性について、民主主義と結合するという点では一致していますが、争いがあります。しかし、この点、いまは問題にしません。大切なことは、ルールを作るときには、内容が問われるという点です。当たり前のことが重要でした。

 

2 業務の決定にはビジョンが必要

ビジネスでルールをつくるとき、組織の目的がどこにあるのか、その内容が大切です。この点を当たり前だと思って、ないがしろにすることは危険です。ビジネス文書の根底のところに、組織の目的が入り込んでいます。

法治主義の考えの根本には、おそらく価値判断を入れたくないという考えがあったのだろうと思います。いわゆる客観性という基準にそって、ブレをなくしたかったのでしょう。ドイツ社会での階級間の対立を乗り越える手段だったと思われます。

マックス・ウェーバーは、『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』を1904年に書いています。「価値判断を外に向かって主張する企ては、当の価値への信仰を前提とする場合のみ、意味をもつ」。これは企業という組織が育ってなかった時代の発言です。

しかし、「ヴェーバー以後の社会科学者にとって、価値や価値判断が危険なタブーになり、しばしば、それを避けることだけが関心事になっている」(清水幾太郎が『倫理学ノート』)ほどの影響を与えています。

経営者にも微妙な影響をあたえているようです。さまざまな指標や、数字を重視しすぎることなど、それにあたるでしょう。その後、学問のうえでも変化が現れています。たとえば、経済政策を考えるとき、価値判断を排除できなくなりました。

ビジネスの場合、価値判断を排除することなどできません。組織には目的が必要ですから、ビジョンを提示する必要があります。業務を決めるときの原則は、「ビジョンはトップダウン、アクションはボトムアップ」です。

シュンペーターは、『経済分析の歴史』の冒頭で言います。「分析的努力に当然先行するものとして、分析的努力に原材料を提供する分析以前の認知活動がなければならない。本書においてはこの分析以前の認知活動をヴィジョン(Vision)と名づける」。

業務の決定には、ビジョンが必要です。業務マニュアルのように、業務のルールを書く文書を作るとき、ビジョンがないと、ただの作業手順になりがちです。

 

3 まず「やらない」「やれない」の排除から

業務を決めるとき、コンプライアンスの問題として、形式や手続きの妥当性はチェックされているはずです。さらに進めて、業務のルールをもう少し実質的な面からチェックする必要があります。

一見合理的に見えた社内ルールも、実際にできないことがあるかもしれません。やれないことを要求しても、無理です。営業の電話をかける際に、60項目近いチェックを要求しながら、1時間あたりに電話する件数を示した例がありました。

無理のない件数なら問題なかったのかもしれませんが、要求が大きすぎました。その結果、たくさんのミスが出ました。「やれない」ことを要求しても無理です。事前にもっとデータを精査する必要がありました。

また、「やれない」だけでなくて、「やらない」ことも問題です。やる意味がわからないと、だんだんやらなくなります。やらなくても大丈夫そうに見えたら、一気にやらなくなります。

組織の目的(ミッション)はどうか、ビジョンが明示されているかということは、基本的な問題です。具体的な業務を、丁寧に確認していく過程で、組織の目的の欠如に気づくことがあります。「やらない」「やれない」がたくさん見つかったら、その組織には大きな問題があります。

神は細部に宿る、とも言います。ビジネス文書についてのご相談で、お話をお聞きするうちに、あらあらと思うことがあります。

 

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