■ノートの作り方:商法学者 奥島孝康の勉強法から

1 奥島孝康の勉強法

どういう風にノートを作ったらよいのか、時々考えることがあります。たいていの場合、ノートというのは、メモ書き程度のものになっています。それでも、メモ書きがきっかけになって、何か思いつきが生まれることがありますから、メモ書きは役に立っています。

とくに、ふと思いついたことを私達はすぐに忘れてしまいますから、書いておくことが大切です。パソコンよりも、手書きが便利ですね。すぐに書けますし、それがそのままプリントアウトの状態ですから、書かれた内容を見て連想が働きやすくなります。

しかし、それだけでは何となく物足りなくて、本格的に勉強するときに、どういうノートを作っていったらよいだろうか、と考えることがあります。きちんとしたノートを作っていくなら勉強になるだろう、と思うことがあります。

継続して取り組みたいテーマについて、多少労力がかかっても、ノートを作っていこうとするとき、どうしたらよいでしょうか。いつも念頭に置いている方法があります。大学の法学部生向けに書かれた『法曹入門』(1987年)によせた奥島孝康の文章です。

奥島の書いた「商法」の項目は、それだけで完結した独立王国になっています。「どのように学ぶべきか」の章を立てて、本の読み方、ノートの作り方を一筆書きで書いています。この文章を書いたときの状況が影響しているようです。

私は、いま、この文章を留学先のパリの裏町で書いている。私もまた漂泊の旅にいる。「旅」というこの語感のもつリリシズム豊かな響きの中にこそ、人生があり、学問がある…と思う。そして、諸君も、また、勉強中の一人の旅人である。孤独こそ青春の最大の友である。今、私は、パリの街で聞くジョルジュ・ムスタキのシャンソンの一節を思い出す。≪Non je ne suis jamais seul, avec ma solitude …≫(いや、私は決して一人ぼっちではない、いつも孤独を友としている…)。

 

2 ノートは答案の設計図

奥島のノートの作り方は、ビジネス人にも応用可能です。奥島は、法律の勉強とは、説得技術の勉強であり、それは法的論理構成と呼ばれる一種の論理学の習得であると規定しています。問題の解法に一定のルールがあるように、ルールを習得する必要があるのです。

注意すべきことは、基本書を書き写さないことです。それなら、本自体を読んだほうがましです。メモ程度なら、本に書き込むほうが合理的です。目標とすべき水準は、本のエッセンスを整理し、ノートだけで勉強の仕上げができる程度のものです。

これが最も重要だが、ノートは、ある項目につきそれが試験に出題されたとしたら、どのように答案を作成すべきか、という観点から作成すべきである。したがって、ノートは、絶えず、これが出題されたなら、こうした論点につき、このような論理展開で、このように結論に持ち込もう、と考えながら作成するものではあるが、答案そのものではないから、答案のようにズラズラ書いてはならない。あくまで、そのノートを見たとたんに(読んだ後にではない)、その全体を頭に叩き込めるような工夫を施した方法で作成しておかなければならない。(中略)要は、ノートというものは、答案の設計図ないし見取り図のようなものでなければならないということである。

法律の論文訓練のときに、答案構成の練習をします。論文を書く前に、答案の流れを構造化してメモするものです。まさに設計図です。これがきちんとできたら実力十分ということになります。

項目名を「目的型・問題提起型」にして、ノートを見たとたん、全体がわかる論理構造を示すことが、ノートの命だということでしょう。

 

3 本の読み方:3つの注意

それでは、本をどう読んだらよいのでしょうか。奥島は3つの点に尽きると書いています。

(1) 理解できようができまいが、最後まで気を抜かずに読み通すこと。
(2) 条文を参照しながら読むこと。
(3) 「総説」「序説」「概説」などの総論部分の項目を徹底して理解すること。

はじめに指摘するのは、法律書は、自己完結した小宇宙を形成しており、体系的思考を獲得することが大切であるという点です。そのためには、全体を読むしかないということだろうと思います。わからないところがあっても、最後まで読むことです。

次に、論拠をきちんと確認するように、と注意を喚起しています。法律の条文のように、関連資料が限定されているわけではありませんが、本格的に勉強しようとしたら、本に出てきた根拠となる材料を確認する必要があります。

最後に、総論部分こそ、部分を全体の中に理論的に位置づけるエッセンスが凝縮された部分だと指摘しています。総論部分は、わかりにくいことがよくあります。それを適当に読み飛ばすと、きちんと勉強するときに支障が出るということでしょう。

全体の構造を見出すこと、そのためには総論部分をきちんと理解すること、さらに論拠を固めること、その上で、これらのエッセンスをノートにまとめていくことになります。ここまでは、なかなかできません。しかし、いつもこうした指摘が気になっています。

 

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