■小谷野敦『『こころ』は本当に名作か』の判定基準:本当に面白いのか

     

1 文学の古典リスト

小谷野敦『『こころ』は本当に名作か』を読むと、少し安心するところがあります。ハロルド・ブルームの「西洋のキャノン」という文学の中の古典を扱ったベストセラーを翻訳する代わりに、自分で日本人向け文学の古典リストを作ってしまったという本です。

小谷野は、第1章[文学作品のよしあしに普遍的基準はない]と、最後の章[私には疑わしい「名作」]で、ドストエフスキーがよくわからないと書いています。少し読んだだけで、こりゃいかんと投げ出した人間には、安心させられる話です。

面白いという人がいても、それは構わないのですが、古典中の古典がよいものだと思えないのは、ちょっとした問題だという感じもしました。『戦争と平和』を最高の小説という人もいるでしょうが、小谷野はトルストイも、あまり評価していないのです。

      

2 文学史上最高峰の名作

この本の帯には[いくら評判の「名作」でも、私は絶対認めない! 世界一正直なブックガイド]とありました。そうなのかもしれません。そういう小谷野が[最高峰の名作]としている作品があります。ひとまずこれだけは読んだ方がいいということのようです。

▼【最高峰の名作】
紫式部『源氏物語』 / シェイクスピア / ホメロス『イーリアス』『オデュッセイア』 / ギリシャ悲劇

これはこれで、何となく権威がある感じです。日本の古典で一冊となると『源氏』以外に思い浮かびません。これに続く【日本のトップレベル作家】が曲亭馬琴、泉鏡花、川端康成、谷崎潤一郎となっていますから、かなり小谷野の好みが入っています。

なぜ『平家物語』と『奥の細道』が入っていないのかとも思いますが、それはそれです。人の好みが優先されます。【最高峰】の後に、【トップレベル】【二位級の名作】のリストを読んでみると、好みを超えた作品が最高峰に選ばれているのだと納得しました。

     

3 文学以外の最高峰の名著リストがあったら

本の山から顔を出したこの本を再読しながら、最高峰の名作だけでも、読んでみようかと思いました。それ以下の評価の本については、好みを優先させてもいいでしょう。しかし最高峰の文学と評価された本だけは、読んでいきたいという気になります。

そして、文学に限らないブックガイドがあったらいいなあ…とも思いました。「最高峰」と評価された本に匹敵する本は、文学以外にも間違いなくあります。『論語』や『聖書』はここに入るはずです。しかし日本の名作のなかに、必読の書物はあるのでしょうか。

日本語で書かれた必読の本が『源氏物語』だけでは淋しい気もします。文学以外の本で、古典というべき名著は、世阿弥、芭蕉、新井白石、伊藤仁斎、福沢諭吉…といくつか思い浮かびますが、決定打がないのは残念です。好みで行くしかないのかもしれません。

自分の関心のある分野で、これはいいという本を見つけていくことも楽しそうです。歴史ならこれだ、マネジメントならこれ、法律ならこれと、自分の古典を意識してみようかと考えました。自分にとっての基本書を意識しておくのも必要なことかもしれません。

      

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