■木田元の『哲学以外』の哲学一筆書き

       

1 哲学についてのエッセイ

木田元の初エッセイ集は『哲学以外』という題名の本です。哲学の仕事は大変なので、「雑文」の注文が来ると、[ついホッとして引き受けてしまう。早い話が逃避である]とはしがきに書いています。そうやって気楽に書いた本だけにわかりやすい文章です。

『哲学以外』という題名であっても、哲学に関することが書かれています。日常生活と哲学との関係は、どこかでつながっているものですが、[そうした発想の動機に全く触れずに書かれるので、哲学書がひどく抽象的になってしま]うとも指摘していました。

この本には、そうした[自分がそもそも哲学の勉強をしようと思い立った初発的な動機]が書かれています。したがって[哲学者や哲学書にからんだ文章が多い]のです。題名は[哲学の学術論文ではないといった程度の意味]だからとのことでした。

      

2 「書物と人との出会い」「ライヴァルたち」

この本にあるエッセイの中には、一冊の本を読むくらい充実した気分にさせるものもあります。哲学を勉強するまでの経緯を記した「書物と人との出会い」もそうです。二十歳前にドストエフスキーの小説を読みだした頃から、哲学を志すまでが書かれています。

ここではニーチェがショーペンハウワーの本に出会った話、クルティウスがゲーテの日記の文章に出会ったときの[偶然が必然に転じ、運命となる経験]にふれています。木田の場合も、そうした偶然の出会いがあったのです。これが十数頁で記されています。

哲学史の一筆書きとなっている「ライヴァルたち」も十数頁にすぎませんが、これを読むだけで、哲学史の大枠が見える気がするものです。[親しい友人同士だったり師弟関係]だったものがライヴァル関係となって[じつに生産的に作用]する話が記されています。

書かれているのは、シェリング(1775-1854)とヘーゲル(1770-1831)の関係、フッサール(1859-1938)とハイデガー(1889-1976)の関係、サルトル(1905-80)とメルロ=ポンティ(1908-61)の関係、プラトン(B.C.427-347)とアリストテレス(B.C.384-322)の関係です。

      

3 プラトン主義とアリストテレス主義

プラトンとアリストテレスの[その親交と対立が真に世界史的意義をもったと言える]関係になっていると評価したうえで、ポイントを指摘します。とくに[二つの哲学の違いは、それがキリスト教神学と結びつくとき、際立ってくる]のです。

[古代末期にローマ・カトリック教会が正統として採用した教義は]<プラトン-アウグスティヌス主義>と呼ばれるものであり、[ローマ教会の秩序とローマ帝国の支配する世俗の秩序とを画然と分かつもので]した。それが13世紀に入ると変化してきます。

そこで登場した[トマス・アクィナス(1225-74)がアリストテレス哲学を下敷きにして組織した新たな教義体系]が<アリストテレス-トマス主義>でした。これが[正統として採用され]たものの、[ローマ・カトリック教会の腐敗堕落を推し進め]ます。

それで[中世末期から近代初頭にかけて][再びプラトン-アウグスティヌス主義を復興しようとする運動が様々な形で台頭してくる。ルターの宗教改革も、近代哲学の基礎を築いたデカルトの哲学も、この運動に支えられて展開され]たのでした。

      

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