■宮崎市定の警告:百姓のモラル

     

1 徳川三百年の百姓のモラル

日本語の文法についての連載を書くために、ここしばらく宮崎市定の本を読んでいます。以前から宮崎市定のことを特別な学者だと思ってきました。何か基礎的な事項の確認をする場合には、宮崎の著書を読むことにしています。

『アジア史概説』を読むうちに、あらためて「近代化後の日本」の言葉が気になりました。日本が大切にしなくてはならないのは、どんなモラルであるのか。宮崎は、この章の最後に記しています。いまこそ読むべき言葉ではないかと思えてきました。

宮崎は言います。[自然を相手にするから無理をせず、功を焦らず、名を求めず、困苦に耐え、運命に忍従するのが徳川三百年の間に培われてきた百姓のモラルであった](全集18巻 p.422)。こうしたモラルが失われてきていることは確かでしょう。

グローバル化する世界の中で、生き延びていくためには[無理をせず、功を焦らず]ということでは、やっていけなかったかもしれません。しかしこうしたモラルを保持した集団が存在しないことも、たいへんなリスクになるでしょう。バランスが大切です。

     

2 高い目標の達成

実際の組織を見ていると、[無理をせず、功を焦らず]というタイプの人が仕事のできるタイプだとは、とうてい思えません。ほとんどの場合、仕事の遅い人間は仕事のできない人間です。単純に[無理をせず、功を焦らず]とは言いにくいことは確かでしょう。

実際のところ、無理かもしれないというほどの高い目標を掲げて、迅速に実行することによってこそ、高い目標を達成することができるはずです。そう考えると、徳川三百年の百姓のモラルが否定的に扱われることも分からなくはないと言えるでしょう。

このバランスをどうしたらよいのか、それが問題です。それ以前に、なぜバランスをとる必要があるのかということが問題になるかもしれません。この答えはシンプルです。長期の繁栄が問題なのだということになります。短期の視点では間違うということです。

     

3 長期的繁栄の基礎

宮崎は言います。[自然の資源の少ない日本においては、モラルの資源を愛護することを知らなければ、表面的にはどんなに経済成長を遂げようとも、見かけだおしのその繁栄は決して長く続くものではない](全集18巻 p.422)。その通りでしょう。

社会の安定性、盤石性を強めるためには、モラルという資源を大切にすべきだということです。実際、ビジネス人から、ため息をつきたくなる言動を、何度か見聞きしてきました。派遣さん用ですから、汎用的なマニュアルでいいのです…と。若い女性の言葉です。

自分たちの要望を一律に迅速に達成する方法を聞いているのに、なんで各人の状況を知る必要があるのかという抗議の言葉でした。基礎演習を見ると、この人の力不足は明らかでした。しかし業界ではそれなりに名の通った会社です。恥を知れと思います。

人に負荷をかけても平気でいられるようになったら、それは長期的な成長や安定はむずかしいことでしょう。[いわゆる経済の高度成長も、短期間で達成できたものは、また短期間で失いやすいと覚悟しなければならない](全集18巻 p.422)ということです。

     

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