■学力の格差:平均値で見ても分かりにくい現象

     

1 突然起こる学力変化

どうやら、まだあまり学校や企業の人も気がついてないことのようですが、学力格差が急速についてきています。すでに傾きかけてきた教育機関も出てきました。小学校、中学校、高校と進む中で、いくつかの授業がうまくいかなくなっているようです。

それが放置されて、そのまま学年が上がってきていますから、一部の学生たちの学力は驚くべき状態になってきています。留学生を見ながらのことですから、日本独自の現象と考えるしかないでしょう。ゆとり教育導入後から、混乱は続いていました。

どのくらいの落ちこみ方かを大雑把にいえば、数年前なら半分以上が合格してもいいような、あるいは3分の2まで合格しても驚かないレベルの試験でも、1割か2割しか合格しそうにない…といった状況です。当然、すべての学校でのことではありません。

格差が大きくなってくると、あるとき入学者の変化が起こって、アッと驚く状況になりうるのです。例年と同じ様に対処しようとしても、まったく通用しなくなります。しかし、感じのいい学生たちですし、出席率もよいですから、なかなか気がつかないようです。

     

2 学力を平均化してもよくわからない現象

ゆとり教育の導入によって、日本の学生の学力が落ちたことは、ほぼ間違いありません。ゆとり教育をやめた後も、戻ってきたように見えた時期もありました。しかしそうなってはいません。OECDの学力調査であるPISAの成績を見ても、微妙というべき状況です。

平均化しても、よくわからないと思います。問題なのは学力のばらつきです。ある学校が全体的にガクンと変わっています。数年前の状況が、ある年から大きく変わるのですから、同じ対処法では、どうにもならないでしょう。そのまま先送りされがちです。

まずはじめに、学力の状況を把握すべきでしょう。しかし、それが迅速になされていないのです。普通に様子を見ているだけでは、まず気がつかないですし、実際、能力がないわけではありません。その気にならないとわからないというのが問題です。

    

3 ぼんやりした知識をどう鍛えるか

今年、たまたま前期にWeb講義だけの担当のコマがありましたから、レポートを課題にしました。よくできています。例年に比べて、出来が悪いなどとは思えません。後期から対面の授業になって、最初に計算問題やら地理の知識を確認することになりました。

率直なところ、出来は良くありませんでしたが、その時点で異変を感じるどころか、いい生徒ばかりだと思っていたのです。そして、生徒に対するよい感情は今でも変わりません。たぶん中学でも高校でも、教師たちは悪い感情など持たなかったでしょう。

しかし知識をきっちり身につけるには、やはりある時期、厳しさが必要になります。それをやらないと、ぼんやりとした知識しか身につきません。一部の生徒はかなりできますが、ぼんやりした知識ばかりの生徒たちは、もう一度やり直す必要があります。

一定以上の年齢になると、なかなか苦労したがりません。この点、リカレント教育も同様でしょう。教える側が意識を変えて、講義の組み立ても工夫しないと、成果が上がるはずありません。偶然その実践を始めることになりました。刺激的な経験ができそうです。

     

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