■大野晋のあげた日本語の特質:その2

    

4 アルタイ語に属する日本語の特質

大野晋の本は、文法に焦点を当てた本ではありませんでした。全体の中で文法の特質について、最小限に言及している点がよかったと思います。日本語の特徴の最たるものが、助詞・助動詞・動詞・形容詞の活用語尾であると、漢文との比較からの指摘も重要です。

『日本語はどこからきたのか』では、日本語がモンゴル語・朝鮮語などと同系列のアルタイ語に属することから、[文法的な構造についての共通点]を英語などの言語と比較した上で列記しています。『日本語はいかにして成立したか』同様、簡潔な列記です。

①日本語には、一般に、名詞・代名詞に単数複数の区別がない
②日本語には、冠詞がない
③日本語には、名詞に文法的な性がない(ドイツ語なら月は男性、窓は中性、愛は女性)
④日本語では、格変化をガ・ノ・ニ・ヲなどの助詞で示す
⑤日本語には、形容詞の比較級・最上級がない
⑥日本語では、動詞の基本形を名詞化できる(アソブ⇒アソビ)
⑦日本語には、かつて無生物を主語にした受身の言い方はなかった
⑧日本語には、関係代名詞がない
⑨日本語では、形容詞・副詞は、名詞や動詞の前に置き、また目的語も動詞の前に置く
⑩日本語では、疑問文にする場合、文の終わりに疑問の助詞をつける

     

5 列記から見えてくる文法体系

大野のあげた日本語の特徴は、日本語の文法の骨格を成すものとなるでしょう。品詞の区別が明確ではありませんが、動詞と形容詞は活用語尾の変化がある点で特別な品詞といえます。文末に来るのは、動詞と助動詞が一般的であるという指摘も大切です。

その一方で、名詞には単数複数の区分がなかったり、他言語のように文法的な性もなく、動詞を名詞化もできるなど、日本語の名詞概念はかなり広いものといえます。そして言葉の役割を表す機能を名詞自体は持っておらず、その役割を助詞に任せているのです。

文末に来る言葉は原則として「動詞」「形容詞+助動詞」「名詞+助動詞」のどれかになります。その前に置かれる言葉で文に不可欠な要素となる言葉が名詞であり、その名詞の後に接続するのが助詞です。【「名詞+助詞」⇒「動詞/助動詞」】の形をとります。

名詞を修飾する言葉は名詞の前に置かれ、動詞を修飾する言葉は動詞の前に置かれる、つまり「修飾語+名詞」「修飾語+動詞」の形です。この場合、大切な言葉は後に置かれることになります。これらから、日本語の語順のルールも見えてくるはずです。

    

6 体系化せずに列記した点が貴重

「社長の鈴木さん」という場合、「社長=鈴木さん」ですから、両者が対等な関係でありますが、同時にアクセントがどちらに置かれているかが見えてきます。日本語では、後ろに重心が置かれますから、この場合、「鈴木さん」が中核の言葉だということです。

この点、「鈴木さんという社長」という言い方でも、同じことが言えます。重心があるのは「社長」です。こうした「修飾語+名詞」のまとまりが、文中でどんな役割を果たすのかは、そのあとに置かれる助詞によって決定されることになります。

大野は二冊の本で、特質を体系化せずに、列記にとどめていました。恣意性のなさが貴重です。安心してこれらを要素にして、体系化を構想することが出来ます。大野にとっては不本意かもしれませんが、この二冊で大切にしているのはこれら列記の項目です。

    

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