■日本語の体系を考える:『日本列島の言語』の亀井孝の論考から

    

1 近代における漢語の役割

『日本列島の言語』に収められた「日本語の歴史」で亀井孝は、近代において漢字の果たした役割について、重要な指摘をしています。まず漢語が氾濫するようになったのは、明治以降であったということです。それは今までの漢語とは別の種類のものでした。

近代日本が欧米との接触によって、欧米の近代概念が流入してきたためだ…ということです。欧米の近代概念を、カタカナではなくて漢字で表記しました。[これらの諸概念は、ほとんどといっていいくらい漢字2字で作られた漢語に翻訳]されたのです。

漢字を使う国民の中で、日本人が最初に欧米の近代概念に触れて、それを吸収しようとしました。それを漢語で表記した結果、海外の漢字圏でも流通するようになったのです。近代を過ぎてから多用されるようになった新しい漢語は、日本製ということになります。

      

2 漢語を持って日本語を守った

亀井は、こうした[漢語による近代的諸概念の受け止め方は、ある点では、利点があった]と記しました。日本人が、欧米の近代概念を理解するのに、原語の発音に近いカタカナでの表記や、和語での表記でないほうがよかったということです。なぜでしょうか? 

もし[和語でこれを伝えたとすると、和語特有の情的価値がまとわりつき、知的に取り扱うことに、少なからず障害をきたしたことになったであろう]と亀井は言います。和語には歴史的に、さまざまなニュアンスが付着していますから、それが困りものでした。

ところが漢語の場合、外来のものであるため、[情的には無色であ]り[妙な情的価値がつきまとうことがなかった]のです。そのため2文字の漢語を作るときに、かえって合理的な造語が出来たのでしょう。それが海外にまで広がっていくことになりました。

[漢語がなかったら、日本語の語彙は、横文字の語で充満したに違いない]。[外国語との急激にして大量の接触は、日本語の本性を根底から揺り動かしたことと思われる。日本は、漢語をもって日本語を守ったのである]というのです。見事な分析でしょう。 

      

3 求められる記述の客観性

さらに亀井は言います。漢字・漢文が借り物だったため、[漢文訓読体から発したこの漢字文の流れは、仮名文と比べると、長い生命を保った]のです。このスタイルの[特性として“無色”であること][文章にあまり感情をもちこまない]点が挙げられます。

客観性が求められる記述において、[その無色性のゆえに、文語の位置を固く守っていったが、明治を半ばすぎたころになると]、現在われわれが使う[口語体の文語]に置き換わり、敗戦によって、[憲法を始め、新法は口語体の文章に変えられた]のでした。

情緒的に無色な漢語を使って西欧概念を受容した後になって、もはや口語体を使った客観的な記述が必要不可欠になったのです。さらに1990年代以降のグローバル化、デジタル化によって、古い法文や論文の文体は消え、日本語は大きく変わることになりました。

     

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