■エッセンスをつかみとる小室直樹の才能:『評伝 小室直樹』を参考に

1 エッセンスをつかみとる能力

小室直樹の本は、佐藤優が言う通り「きわもの」扱いされてきた。しかし今から読み返してみると、一番大切なポイントを押えた記述が多いのに驚く。ことにそれは、『ソビエト帝国の崩壊』と『アメリカの逆襲』、『ソビエト帝国の最後』にある。

▼小室君を見ていると、彼が猛烈な読書力と天才的な直観力で、ふつうの人(私もその一人だ)が一生の仕事として取り組んでいる問題の中心部分を、あとからきて一気につかんでしまう才能の持ち主であることがわかる。 富永健一『ソビエト帝国の最期』

富永はカッパブックスの裏表紙に上記のように書いた。まさに一番の中心部分をつかみとる才能があった。だから小室は圧倒的な教師でもあり、[エッセンスを見抜いて、簡潔に説明してわからせてしまう](村上篤直『評伝 小室直樹』上 p.517)のである。

▼小室は、どこが一番のポイントなのかをズバリと教えてくれた。川には、本流と支流がある。凡庸な講師は支流に気を取られて、どこが本流なのか浮かび上がらない説明が多い。その点、小室は、ここが本流なんだとインパクトをもって教えることのできる教師であった。名講義だった。 『評伝 小室直樹』上 pp..517-518

 

2 『アメリカの逆襲』での洞察

小室は1980年出版の『アメリカの逆襲』で、中国に言及している。今後、日本とアメリカが中国への投資を拡大して、[中国は日米の資本を受け入れて急速に近代化してゆく](p.39)と指摘している。なぜそうなるのか。両者の利害が一致しているからである。

[もはや中国においては、共産主義は宗教としては機能しえないから、人々に、国家目的達成のために献身を要求することはできな]い。[近代化路線を推進して、生産力を向上させ、物質的生活水準を高める以外に、国民の支持をうる方法は]ない(pp..22-23)。

だから[豊富な中国の労働力を利用すること]が不可欠になる。一方[日本経済において枯渇しているのは、単純労働である]。[特に恐ろしいのが単純労働の価格が高いこと]。よって[日本企業が大挙して中国に進出し]、アメリカも進出することになる。

中国の労働者の質はどうか。小室は言う。[近代史においては、徴兵制と近代労働者の発生とは、深い関係がある][大衆に軍隊教育を施すことは、産業社会成立のために必要不可欠な単純労働力を大量に生み出す](p.32)。ここでも現実が後追いしたのである。

 

3 中国経済のスパイラル過程

小室は1982年に『資本主義中国の挑戦』、1989年に『中国共産党帝国の崩壊』を出した。その後、1996年に『小室直樹の中国原論』を書いて、『アメリカの逆襲』のあとについて論じている。出版社の要請のためか、さすがの小室でも急ぎ過ぎの刊行が続いていた。

『アメリカの逆襲』で[大量の資本が中国に流入すれば][中国の国際収支バランスはぐっと楽になり、輸入は激増する。先進諸国にとって、こたえられない市場](p.38)になると論じていた。その後の中国経済について、『中国原論』にエッセンスが書かれている。

台湾では、自由主義、デモクラシーが確立されているが、中国の[デモクラシーはまだまだであり自由は不完全である]。[中長期的には、経済的・政治的・イデオロギー的に、台湾(中華民国)に併呑される勢いにある]から、[中国は焦りに焦る](p.300)。

一方、中国では一斉に同じものを買う[デモンストレーション効果が、きわめて大きい]ため、[消費の爆発が有効需要の激増を生み、それがまた、GNPの大幅な増加を結果する]という[スパイラル過程が作動]して[善循環過程]になっている(p.333)。

今後どうなるか。[中国では、マーケットメカニズムが、まだ十分には機能してはいない](p.312)。[善循環過程が悪循環過程に逆転するときがおそろしい]のだが、「その危機に直面しているのが、国有企業」(p.334)である。小室には見えていたのだろう。

 

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