■ドラッカー『経営者に贈る5つの質問』に対するささやかな注釈 その2


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4 ドラッカーの語りによる解説

『経営者に贈る5つの質問』のなかの「ドラッカーの解説」という部分は、ドラッカーが語った痕跡を残しています。論文にあるような文体で記述されているわけではなくて、一文一文が短くシンプルな形式です。読むほうも、わかりやすいものになっています。

それにもかかわらず、ドラッカーらしさを感じさせます。思考の流れがドラッカーらしいのでしょう。こうしたドラッカーの語りと対話するつもりで読むべき本です。もし内容に不足を感じたら、『非営利組織の経営』が一番の参考になるだろうと思います。

ドラッカーは企業家の定義を聞かれて、[私の定義は古くさいものだ。企業家とは、資源に富を生む力を与える人たちのことだ]と答えています。これは「幅広い心との対話≪インタビュー≫」のなかでのことです(『マネジメント・フロンティア』所収 p.4)。

インタビューでも、こうした定義の仕方をしています。用語の概念については、[古くさい]というように、ドラッカー独自のものではないでしょう。ところが定義の表現を見ると、ドラッカーらしさを感じます。簡潔で適切な表現にピタッとはまっているです。

 

5 定義集についての注意

内容が大切なことはもちろんですが、内容や概念をどう表現するかという点も大切です。表現に、その人らしさがあらわれるのでしょう。その表現の一貫性、説明との一体性が重要だと思います。思考の道具である言葉の使い方は、思考そのものといえそうです。

質問2「われわれの顧客は誰か?」の項目で、ドラッカーは言います。[ここで顧客という言葉の定義を行うつもりはない。たんにこうお聞きしたい。「あなたの組織は、誰を満足させたとき成果を上げたといえるか?」](p.47)。ドラッカーらしい言い方です。

こうした言い方の後で、この本の最後にある「用語の定義」を見てみると、何だか別の世界のものに見えてくるでしょう。ここでの「顧客」の定義は[満足させるべき人たち(自然環境のように人間以外のものであってもよい)]となっているのです。

あるいは「アクション・プラン」なら、[目標達成のための詳細な計画]とあります。では「計画」はどうか。[ゴール、目標、アクション・プランを実現する方途]とのことです。定義とは違うものに感じます。ドラッカーなら定義と言わないかもしれません。

ドラッカーの語りを聞いた人ならば、こうした定義集など見たくなくなるのではないでしょうか。これはノイズになりかねません。この本を読むときに注意すべきことは、繰り返しになりますが、ドラッカーの語った部分のみに集中すべきだということです。

 

6 ドラッカーの思考の働かせ方

この本についてドラッカーは、[五つの問いからなる経営ツールである](p.20)と語っています。質問1が「われわれのミッションは何か?」でした。[「5つの質問」は、ミッションに焦点を合わせることを必然にする]のです。

ミッションが源流になります。そしてミッションというものは、自分たちで考えるべきものです。[人が正しいと信ずるもの]でなくてはなりません。表現の仕方は、[Tシャツにプリントできる簡潔なものにしなければならない](p.28)のです。

しかし一方、[いかなる組織といえども、顧客に聞かなければ、何を成果とすべきかはわからない]のです。[したがって、顧客にとっての価値を想像してはならない。かならず顧客本人に聞かなければならない][顧客との対話が不可欠](p.21)になります。

では、顧客とはどんな人でしょうか。[顧客という言葉の定義は厳格でなくてよい]とあります。[満足させるべき相手]とひとまず考えればよいでしょう(p.21)。「あなたの組織は、誰を満足させたとき成果を上げたといえるか?」を考えるべきです。

▼この質問に答えるならば、その答えが、そのまま顧客は誰かを教える。すなわち、「組織の活動と、その提供するものに価値を見出す人たち」という意味での顧客を定義したことになる。 p.47

ここでのドラッカーの思考の働かせ方が、この本の基調になっています。用語の定義をして、その定義から話を展開するのではないのです。先に問いが示されます。その問いに対する答えが、結果として必要事項の定義をすることになるのです。

▼本書の具体的な使い方について、わたしからの希望は一つしかない。大急ぎでは読まないでいただきたい。「5つの質問」は一見してシンプルである。だが実は、そうではない。繰り返し考えていただきたい。質問と格闘していただきたい。 p.146

質問に対する答えを見出そうとする過程で、定義をも含めて、自分なりの考えを創りだすことになります。「経営ツール」であるというのは、自分で答えを出すように促す本だということです。ドラッカーの解説が簡潔であることが、価値になる本だともいえます。

 

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