■ドラッカーにおける文章という武器

1 文章の素晴らしさ

もし日本人で、クラシック音楽が好きで評論も読む人ならば、吉田秀和が飛び抜けた存在であると感じるかもしれません。何が素晴らしいのかと聞かれたら、文章が素晴らしいと答えるのではないでしょうか。あの人の文章には、読む喜びがあります。

丸谷才一は、近代日本の名文家として、吉田秀和と林達夫をあげていました。二人とも、語られる内容だけでなく、文章がすばらしくて、思考の流れを追いかけていくことの心地よさを与えてくれる人でした。こういう人はどの分野でも、例外的かもしれません。

マネジメントの分野で文章が飛び抜けているのは、たぶんドラッカーです。日本語で読む場合、上田惇生による翻訳の影響が大きいことは間違いありません。しかし、それだけではないように思います。思考の流れを追うと、頭が働いてくるように感じるのです。

▼何をしているかと聞かれれば、私は「書いている」と答える。体の動きとしては、そういうことになる。20歳以降、わたしにとって書くことは、教えることやコンサルティングをすることなど、あらゆる仕事の基礎となってきた。 『すでに起こった未来』p.299

文章を自分の仕事の基礎にしてきたということです。これは1992年に書かれた「ある社会生態学者の回想」という文章の中にあります。『すでに起こった未来』(The Ecological Vision)への書き下ろしの文章です。はじめて自分を語った文章だと言われています。

 

2 「言語の堕落は罪である」

ドラッカーは自分の仕事を「社会生態学者の仕事」だと言っています。社会をエコロジカルに見て、それを人が理解できる文章にする役目を果たす仕事のようです。ただそれ以前から言語に対する敬意があったことを「ある社会生態学者の回想」で語っています。

▼社会生態学者の仕事には、言語に対する敬意が必要である。
私は、専門分野が何であったにせよ、言語に対する敬意は常にもちつづけてきたと思う。私が生まれた1909年のウィーンは、極端なほど言語に関心を持つ社会だった。 pp..320-321 『すでに起こった未来』

ドラッカーの仕事と言語は一体であり、「社会生態学者の仕事」と言語が一体になっています。『マネジメント』の冒頭は[まえがき|専制に代わるもの]でした。これに対応するように、「ある社会生態学者の回想」には強い言葉が記されています。

▼私は、ジョージ・オーウェル(イギリスの小説家、1903~50年)のはるか前から、言語の堕落こそ専制の手段であることを認識していた。言語の堕落は罪である。犯罪行為である。 p.321

こういう人の書いた文章からなるのがドラッカーの本です。文章は単なるツールではありません。上田惇生は、毎日何時間もドラッカーを読んでいても飽きないと語っていました。ドラッカーを読むことで文章を鍛えてきたと話してくれたことがあります。

 

3 現象を見ること、それを書くこと

では、どうやってドラッカーは文章を書いていたのでしょうか。『マネジメント・フロンティア』所収の「幅広い心との対話」(1985年)で同じ質問をされています。答えは、[全く体系的でない。衝動的だ。一定のパターンさえない](p.17)というものでした。

書くスピードについてはどうでしょうか。[字数はわずか1400語から1500語といったところ]の『ウォール・ストリート・ジャーナル』のコラムの場合、[書くだけなら、あまりかからない。一日だ。しかし準備には、もっとかかる](p.17)ということでした。

ドラッカーは[私は20歳のときから、ジャーナリストとして生計を立ててきた]から、[一般的に言って、一度書くことがわかってしまえば、私は非常に早く書く](p.18)というのです。さらに書くことで、ものが見えてくるということを示唆しています。

▼最近、『パブリック・インステレスト』誌に、敵対的企業買収について、6000語から7000語という、かなり長いものを書いたが、あとでずいぶん手を入れた。突然、わたしには敵対的企業買収の本質が見えたのだ。しかし何人の読者が読み取れるだろうか。そこで説明が必要になり、組み立てを全く変えることにした。この作業には実に時間がかかった。 pp..17-18 『マネジメント・フロンティア』

[私は紙と鉛筆をもらえさえすればよい。すぐ楽しむことができる](p.23)とこの対話の終りで語っています。冒頭で言う[振り返ってみると、現象を見てその意味を考えるのが得意だったようだ](p.4)というのが社会生態学者の仕事の基礎にあたるようです。

現象を見て、その意味を文章にすることがドラッカーの仕事の基礎になっています。マネジメントの体系をつくりあげるときにも、個人や社会の現象を見て、事を成すときにどうすべきかを見出して、それを文章にしながら発展させていったといえそうです。

 

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