■ビジネスの目的とミッション:ドラッカーの場合

1 「顧客の創造」という言葉

ドラッカーの言葉の中でも一番有名な言葉は「顧客の創造」かもしれません。この前後の文章を原文の英語と日本語で見てみましょう。この言葉の場合、原文で使われている単語がどうかを、確認しておきたいからです。

There is only one valid definition of business purpose: to create a customer.
「事業の目的として有効な定義はただひとつである。それは、顧客を創造することである」(上田惇生訳:1996版)。1954年に出た『現代の経営』の中にある言葉です。

「事業」と訳された言葉は原文では「business」でした。「ビジネスの目的は、顧客の創造です」という訳文でも問題ないでしょう。ビジネスという言葉の方が、かえって雰囲気がわかるかもしれません。

「only」とありますから、唯一のということです。有効な定義は「ただひとつ」となります。ここで「目的」という用語が使われている点に注目して見てみたらどうなっているか。そんなお話をしてみようと思うのです。

その前に訳文について、本来新しい2006年のエターナル版の訳文を参照したいところですが、なんだか違和感があります。たとえば「business purpose」は「企業の目的」と訳されているのです。私には1996年のドラッカー選書の訳文のほうが好ましく感じます。

少し前に、ドラッカーが「目的」について語っている「未知なるものをいかに体系化するか」という論文に言及したことがありました。この論文は大切だと思います。もともとは『変貌する産業社会』のはじめに置かれた文章です。

『変貌する産業社会』の日付を見ると、1957年になっています。1954年に刊行された『現代の経営』の3年後に書かれたものです。この前後関係が、なんで大切なのかと思うかもしれません。「目的」という言葉に注目した場合、重要になってくるのです。

1954年『現代の経営』→1957年『変貌する産業社会』(「未知なるものをいかに体系化するか」)→1973年『マネジメント』→1991年『非営利組織の経営』とみていくと、ドラッカーのいう「目的」のことが見えてくるかもしれません。

 

2 『マネジメント』における「目的とミッション」

1957年に書かれた「未知なるものをいかに体系化するか」には、目的という概念そのものに言及した部分があります。『現代の経営』では、特別な言及がなくて、あたりまえの言葉であり、共通認識のある言葉・用語であるという前提で書かれています。

この共通認識があるという点に、自らゆさぶりをかけたのが、「未知なるものをいかに体系化するか」だったということになるかもしれません。その十数年後の1971年に書かれた『マネジメント』では、少し様子が違ってきています。

問題は「何が違うのか?」です。『マネジメント』という本はドラッカーのマネジメントの考えの集大成みたいな本だといわれていますし、そういう面があると思います。しかし実務で使うときには、どうでしょうか。その観点から見ると、気になる点があります。

結論的に言ってしまうと、ドラッカーにおける『マネジメント』という本は、過渡的なところがかなりある本じゃないかということになります。「少し様子が違ってきた」ということは、その後、もっと様子が違ってきましたよ…ということです。

『現代の経営』では唯一の、ただひとつの目的とあります。「未知なるものをいかに体系化するか」では、目的という言葉が2通りあると書かれていました。ただひとつの「目的」というときの概念とは違う、別の概念の「目的」があるかもしれないのです。

『マネジメント』では、それがはっきりと書かれていません。ただ、『現代の経営』のときのように、簡単にスパッと割り切っていないのです。『マネジメント』7章の章題は「目的とミッション」になっていて、目的だけではなくなっています。

 

3 「未知なるものをいかに体系化するか」の重要性

「目的とミッション」とあったら、両者の概念を使い分けて、目的はこういうことです、ミッションはこういうことですと書かれていると思うかもしれません。しかし、『マネジメント』の本文を見ると、そうは書かれていないのです。

たとえば、[マネジメントには、第一に、それぞれの組織に特有の目的とミッション、社会的な機能を果たす役割がある](p.43)とあります。これは2008年のエターナル版『マネジメント』における上田惇生訳です。

ここでいう「組織に特有の目的」という言葉と「ミッション」という言葉の関係はどうなっているのでしょうか。前後関係も含めて読むと、「目的」はこうです、「ミッション」はこうですという関係とは違います。別の箇所を見ても同様なのです。

▼組織ともなれば、事業の定義を検討しつくし、詳細に明らかにしなければならない。事業の目的とミッションを明らかにしなければならない。「われわれの事業は何か。何であるべきか」を考えなければならない。 (p.91  『マネジメント』)

この前後をみても、目的とミッションについての説明はありません。目的が「われわれの事業は何か」で、ミッションが「何であるべきか」に対応しているわけではないのです。さらにもう一つ関連項目がありますので、それも見ておきましょう。

[マネジメントは方向づけを行う。ミッションを決める。目標を定める。資源を動員する](p.14)。ここでいう「方向づけを行う」ことは目的の設定ではありません。この部分では逆に、目的を欠落させていると言ってもよいのです。

1990年の『非営利組織の経営』になると、目的が完全に欠落して「ミッション(使命)」だけになっています。こうした事情を考える手がかりになるのが、1957年に書かれた「未知なるものをいかに体系化するか」ということです。だから大切だということになります。

 

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