■経済学の学び方:金森久雄『大経済学者に学べ』とフランク・ハーンの「覚書」

1 価値のある部分の説明

金森久雄は『大経済学者に学べ』で、大胆な提言をしました。全ての学説に[いちいちつき合っていては自分で考えている時間がない]から[一部は精読し、他は学説史でカバーする]のでよい、そうでないと[自分の考えを発展させることはできない]とのこと。

おそらく学説史を読んで興味を持った事柄があったなら、解説書などで大づかみの理解をして、もっと読みたくなったら原典に当たるという感じだと思います。学者というよりも実務家というべき金森らしい方法です。しかし学者であっても同じかもしれません。

『現代経済学の巨星』下巻にあるフランク・ハーンの「反省を込めた自叙伝的覚え書き」に別の観点から、原典主義ともいうべき姿勢に疑問を呈しています。私にはこれが、金森の正しさの裏づけにもなっているように思いました。ハーンは書いています。

▼すでに亡くなった人が言ったことで価値のある部分は、その時以来吸収されて久しいし、もしも再度言わなければならぬとすれば、われわれは概して以前よりも上手く言うことができる。 (『現代経済学の巨星』下:p.291)

 

2 ビジョンに基づいたテーマの決定

金森久雄は、自分の考えを発展させるために大経済学者に学べと言いました。自分なりのビジョンに基づいてテーマが決まります。[細かい分析があってそこからビジョンが生まれてくるのではない。その逆で、「始めにビジョンあり」だ]と前掲書に記しました。

金森はイギリスでハロッドに学んでいます。イギリス流の考え方の影響があるのかもしれません。先のフランク・ハーンもイギリスに渡って、ケンブリッジ大学の経済学部の教授になっています。多くのアメリカの経済学者に同意できない点をあげています。

▼アメリカの経済学者の多くは、経済学を「科学」とみなし、自分自身をしばしば「科学者」と呼んでいる。これは単なる言葉の上だけのことではない。言葉の背後には世界観があるのであって、それは、自然科学で達成されたことが社会科学においても同じ方法でもって達成できるという十九世紀の考え方なのだ。 (『現代経済学の巨星』下:p.286)

ハーンは、[われわれの理論のかなりの部分の基礎にある前提は、しばしば低い記述的な価値しか持たず、われわれの予見における成功の度合いは]そう高くないと言います。[フリードマンが前提に対して無頓着な態度をとっている」のに違和感があるのです。

 

3 経済理論の有用性と重要性

では経済学というのは、どんな点に価値があるのでしょうか。ハーンは[経済学が科学であるという主張]を[学者のうぬぼれとみなすべきだと思う]と書いていますが、しかし[経済学が現在のままでも有用であり重要である]とも記しています。

▼経済学が現在提供してくれているのは、文法的議論のための道筋と現にある経済データを役立つ形で要約するための方法論である。私はここで「文法」という点を重視する。  (『現代経済学の巨星』下:p.287)

経済理論があるおかげで、[主張そのものを理解しうるだけでなく、もしもその主張が正しくないとしたらどの点にその根拠があるべきかをも理解する]のです。経済理論は[事柄を理解するうえでの明瞭な限界を教えてくれる]ということになります。

経済学の専門家でない私たちは、経済学に限らず多くの学問から、何かを考える方法や道具になる点を見つけて学んでいけばよいのかもしれません。金森久雄が『大経済学者に学べ』と語った相手は、経済学者というより一般読者であった点が大事だと思うのです。

 

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