■日本語の文章:論理の基礎

 

1 論理的な文章を対象としない文章読本

日本語が論理的な言葉であるかどうか、そんなことは問題ではなくなったと思います。かつてなら、日本語は論理的でないという言い方がありました。しかし、問題となるのは、文章を書く人が論理的な思考をしているかどうかということです。

日本語が論理的でないと言われたことがあったのも、根拠がないことではありません。日本語の文章で論理的な内容を記述するときの形式が、数十年前まで標準化できていなかったというです。谷崎潤一郎『文章読本』にはこの辺の事情が反映しています。

▼ここに困難を感ずるのは、西洋から輸入された科学、哲学、法律等の、学問に関する記述であります。これはその事柄の性質上、緻密で、正確で、隅から隅まではっきりと書くようにしなければならない。然るに日本語の文章では、どうしてもうまく行き届きかねる憾みがあります。

この読本で取り扱うのは、専門の学術的な文章でなく、我等が日常眼に触れるところの、一般的、実用的な文章であります…  (谷崎潤一郎『文章読本』)

昭和9(1934)年に書かれた谷崎の『文章読本』では、論理的な文章が対象外になっています。学問やビジネスで必要とされる[緻密で、正確で、隅から隅まではっきりと書く]文章が対象外になっているのです。いまでは考えられないことでしょう。

 

2 日本語の作り直し

文章の訓練をする人に、何のために訓練が必要となるのか目的を聞いてみれば、多くの人が勉強や仕事で困らないようにと答えるはずです。適切な文章が存在するということが前提になっています。簡潔で的確な文章が書けるようになりたいということです。

いまでは日本語で論理的な文章が書けるということが前提になっています。当たり前のように思えることが、数十年前まで疑問を持たれていました。日本語自体が変わってきて、日本語に対する意識も変わってきたためでしょう。岡田英弘が書いています。

▼日本語の散文の開発が遅れた根本の原因は、漢文から出発したからである。漢字には名詞と動詞の区別もなく、語尾変化もないから、字と字の間の論理的な関係を示す方法がない。一定の語順さえないのだから、漢文には文法もないのである。

十九世紀になって、文法構造のはっきりしたヨーロッパ語、ことに英語を基礎としてあらためて現代日本語が開発されてから、散文の文体が確立することになった。 (岡田英弘『日本史の誕生』)

もはや通じない言葉になりつつある「漢文脈」という言葉があります。漢文を訓読するときの表現形式を「漢文脈」というのでしょう。中島敦の『李陵』など、すばらしい文章があることは確かですが、あの文体の文章を学問、ビジネスで使うわけにはいきません。

岡田が言うように文法構造がはっきりしている英語などのヨーロッパ語を基礎に、日本語の再構築がなされたということになります。幸い日本語には[字と字の間の論理的な関係を示す方法]がありましたから、論理的な文章が書けるようになりました。

 

3 変容した日本語

論理的な文章を書くという発想が強くあれば、記述の方法が工夫され定着するはずです。日本語には助詞があります。言葉の役割を表す目印になるのが助詞ですから、論理的な文章を書くときに、助詞の役割が大きくなりました。新しい日本語が構築されたのです。

日本語の場合、論理性を求めて欧米語から学んだ結果、新たな表現形式を獲得したことになります。この点について渡部昇一は、ラテン語が変容したことと同じことが日本語でも起きたのだと考えています。ラテン語の場合、ギリシャ哲学を吸収しようとしました。

▼碩学フリードリッヒ・パウルゼンの言葉。彼はローマの学問がギリシアの哲学を吸収しようとして1000年近く努力した結果、古典ラテン語は中世ラテン語に変容した

それによってのみ、スコトゥスやアクイナスの精密な哲学が可能になり、かつ、深い心情を表現する宗教史も可能になったという説なのである。 (渡部昇一『レトリックの時代』)

鎌倉・室町時代に主語の概念が生まれていた日本語が、明治以降、急速に変わっていったということです。学校制度ができて、教科書という道具を使って、さらに全国放送がはじまり、新聞・雑誌が普及していく過程で変化が起きました。司馬遼太郎が語ります。

▼明治十六年(1883年)に日本に陸軍大学校ができました。二年後に、ドイツ参謀本部の大秀才のメッケル少佐が招聘されます。
まずメッケルが言った言葉が、
「軍隊のやりとりの文章は簡潔で的確でなければならない。日本語はそういう文章なのか」というものでした。
そのメッケルの言葉を受けて、軍隊における日本語がつくられていくのです。 (司馬遼太郎 講演録「日本の文章を作った人々」)

(この項、続きます)

 

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