■組織の精神と「integrity」その2:ドラッカー『現代の経営』から

 

1 「entrepreneurship」と「企業家精神」

ドラッカーには『イノベーションと企業家精神』という本があります。「企業家精神」という日本語になっていますが、この語を創り出したシュンペーターは「企業者」と「精神」が結びつかない点を重視しました。ドラッカーもそうした理解をしています。

「entrepreneurship」は「企業家活動」と訳すほうが正確なようです。[企業家精神に相当する言葉は、entrepreneurial spiritである]と『企業家とは何か』の編訳者である清成忠男は書いています。この点、[いわゆる「企業家精神」について]に書きました。

資本主義は[倫理性を欠くことについて攻撃されている](『現代の経営』最終章)のです。資本主義に「精神」を認めるのはおかしいことになります。アントレプレナーシップ(entrepreneurship)とは革新機能を担う「企業者」の「機能」にすぎないのです。

「機能」ですから、倫理や道徳の要素が含まれません。そのため倫理観を欠く活動が行われることがありました。それが攻撃されたのです。一方、組織には倫理性・道徳性が必要ですから、組織には精神が問われます。そのときの中核が「integrity」です。

 

2 「精神は道徳の領域に属する」

すばらしい「組織の精神」の例として、ドラッカーは「アメリカの最高裁」を上げた後、[かのアメリカの海兵隊魂や、大英帝国の海軍魂を作り上げたものも行動規範だった]と記しています。この「魂」とは「esprit de corps」(団体精神)のことです。

その行動規範(practices)がどういうものであるか、ドラッカーは書いています。「And they must express and make tangible that spirit is of the moral sphere, and that its foundation therefore is integrity.」が原文です。

▼上田惇生:エターナル版・上(2006年): p.202
行動規範は、組織の文化が精神の領域に属するものであり、その基盤が真摯さにあることを明確にするものでなければならない。

▼野田一夫監修・現代経営研究会訳・上(1987年): p.199
さらにまた、精神は道徳の領域に属するものであるから、高潔な品性が第一の必須条件にされることが具体的に明示されなければならない。

後者の「精神は道徳の領域に属する」が素直な訳文でしょう。「integrity」はモラルを担保する概念です。上田は「The spirit of an organization」を「組織の文化」と訳したためか、「the moral sphere」を「精神の領域」と訳す無理をしています。

 

3 経営管理者の資質

ウェーバー『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』の英語訳は「Ethics of Protestantism and the Spirit of Capitalism」です。ドラッカーは資本主義と「spirit」を結びつける代わりに、組織と「spirit」を結びつけました。

『現代の経営』最終章で[優れた社会、徳ある社会、永続する社会は、私人の徳を社会の福利の基盤としたとき実現される](上田訳 エターナル版・下:p.278)のだから、「公共の利益が企業の利益となるようマネジメントせよ」(p.279)と書いています。

ドラッカーは企業(the business enterprise)に倫理を求めました。[人間としての真摯さこそ、決定的に重要である](personarl integrity is of the essence)のです。ドラッカーがいう「integrity」は「personarl integrity」ということになります。

企業に道徳・倫理を持たせるのに圧倒的な影響力をもつのが経営管理者です。経営管理者の資質が問われます。そのとき不可欠な[学ぶことのできない資質、習得することができず、もともと持っていなければならない資質]が「integrity」ということです。

⇒続きます。 【前回のもの…】 【その3】

 

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