■翻訳語の問題点:「integrity」の概念と訳語を例に

 

1 翻訳語の意味するもの

システムに関係したお仕事をする人たちとお話しする機会が偶然続きました。それぞれシステムとのかかわり方が違う方々です。視点が変わると、ずいぶん考え方の違いがあるものだと興味深く思いました。ただ、現状に問題があるという点では共通しています。

いただいた本の中に[普通の日本語で考えたらどうか]という提言がありました。谷島宣之『ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国』の中に、IT用語は[言葉のすべてを輸入しているので、英語略や片仮名]にならざるをえないという指摘があります。

こうした翻訳語の場合、[意味するものが人によって違いすぎ、専門家同士ですら話がかみ合わなくなる]のです。立場による視点の違いがあるのは確かでしょうが、使っている言葉に、それぞれのニュアンスを込めて理解している可能性は十分あります。

 

2 翻訳不可能な用語:integrity

よく目にする[「コミュニケーション能力」と「チャレンジ精神」と「主体性」のある社員]という言葉であっても、お互いの気持ちに行き違いが生じている可能性があります。谷島は[言霊が宿っていないというか、他人ごとに聞こえてしまう]と言います。

英語略や片仮名でなくて、しっくりくる日本語が見つかれば問題は解決しますが、ピタッといかないのが普通です。[翻訳不能と思われる英単語]として「integrity(インテグリティ)」があげられています。ドラッカーがしばしば使う用語です。

▼習得することができず、もともともっていなければならない資質がある。他から得ることができず、どうしても身につけていなければならない資質がある。才能ではなく真摯さである。 『現代の経営』上田惇生訳

最後の「真摯さ」は「integrity」の訳語です。上田惇生訳の「真摯さ」にズレがあるとの指摘は、しばしばなされていました。「integrity」を「真摯さ」と訳してしまうと、うまく話が通じない場面があります。上田自身、この訳語には苦労したようです。

翻訳不可能な用語の場合、原語を略したり片仮名にするか、日本語で中核的な概念を示すしか解決策はないのかもしれません。スピード重視のIT業界では略や片仮名を多用することになります。ひとまず用がたりれば文句は言えないという感じでしょうか。

 

3 「integrity」の概念と訳語

「integrity」は専門用語ではなくて一般的に使われる重要語句です。「全体が分断されずに統合されており、棄損されずに完全で、うまく機能している」というヘンリー・クラウドの定義を谷島は紹介しています。『リーダーの人間力』という本にあるようです。

たとえば、”He was known particularly for his integrity” をどう訳しましょうか。上田惇生に「integrity」の訳を尋ねたところ「立派な人」かなとの答えがあったため、谷島は「特に、”立派な人”として広く知られていた」との訳文を選んだとのこと。

「integrity」には、(1)誠実・高潔と(2)完全性・全体性の意味があるようです。この語の訳として、かつて私は「ひたむきな」という語を考えたことがあります。先の例文なら、「とてもひたむきな人間だと言われていた」といった感じでしょうか。

全ての語句に適切な日本語を充てようとするのはあまり適切なことだとは思えませんが、重要な単語には、その中核となる概念を示す言葉を見つけたいものです。「integrity」の訳語も案を出していれば、その中にピタッとくる語句が見つかるかもしれません。

 

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