■思考を文章にすること:二つの段階

 

1 思考と文章化の二段階

文章を書くときに、私たちは目の前の言葉に多くの注意を注ぎます。同時に、目の前の言葉だけに注意が固定されていたら文章は流れません。その先までの内容が頭の中になくては思考が止まってしまいます。このあたりのバランスが難しいところです。

文を書くのに先立って、頭の中にある考えが必要となるのは間違いありません。そのとき頭の中の考えは、言葉に近いもののはずですが、きっちりした文ではないはずです。それ不自然でしょう。頭の中にあるのは文というより、もっと漠然としたもののはずです。

文を書くことは、頭の中に出来上がった文を清書するのとは違います。書くことは考えることでもあります。書くことが決まっていても、一文一文までは確定していません。考えをきちんとまとめることが第一段階で、書くことが第二段階ということです。

 

2 思考を文字に移す作業

頭の中にある思考とは、どういうものでしょうか。まだ名前を与えられていないイメージがかなり含まれているはずです。それらに言葉を当てはめる作業が文章を書くことの中核にあるかもしれません。言葉にすると思考が文字に固定されることになります。

清水幾太郎が『本はどう読むか』で、[文章を貫く一筋の連続性]を確保するために、[書くときは一気に書く]ことが必要である点を指摘していました。一連の考えが流れるためには、それらを書きとめておかなくては消えてしまいます。思考は不安定です。

清水は言います。[観念の急流のようなものが動き始めて、それを文字に移す手の動きが間に合わないような、そういう気分の中で、私自身、長い間、文章を書いて暮らして来た]。書くことが刺激になって、考えがまとまることがしばしばあります。

考えが生まれるのは、ある時いきなりということがしばしばあって、ときには一瞬にして大枠が見えてしまうことがあるようです。それらを大急ぎで文字に置き換えることが必要だということでしょう。文章にする習慣を持たないと多くの思考は消えてしまいます。

 

3 思考の構造・形式の検証作業

清水は、[観念の間に或る秩序というか、或る構造というか、とにかく、ひとつの形式が生まれるようになると、彼は漸く書き始めることが出来る]と『本はどう読むか』に書いています。一文一文の確定よりも、構造・形式が出来上がることが優先されるのです。

一連の考えがまとまって構造が出来上がったなら、書くことができます。思考の枠が決まったなら、書きながら思考を確認していくことができるでしょう。書く過程で、一文一文が確定されるということです。頭の中に文の形式ができている…のではありません。

そうなると観念・考えの構造を検証するために、文章化が必要不可欠だというこになります。一連の考えのまとまりを検証して客観視するためには文字に変換しておかなくてはなりません。文章にして、それを確認するのが基本的な方法だということです。

その点、丸谷才一が[ものを書くときには、頭の中でセンテンスの最初から最後のマルのところまでつくれ。つくり終わってから、それを一気に書け。それから次のセンテンスにかかれ]と『思考のレッスン』で語った方法には、不自然さがあるように思います。

 

 

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