■例外的な哲学書『方法序説』とマニュアルの構成

 

1 読む人にとっての文章の価値

前回、木田元が「エジプトを旅するプラトン」で示した見解について書きました。気楽な文章に、通説をひっくり返すあっと驚く内容を盛り込むのは、おそるべき実力だと思いました。説明は一筆書きですが、今後、本格的に検証する価値のある見解だと感じます。

この文章を興味深く読んだ人がいたために、その後、木田のエッセイが連載になったとのことでした。こういうものなら、もっと読みたくなるのが自然でしょう。残念ながら、この連載が木田の最後の仕事になりました。2014年8月16日に亡くなっています。

木田元の最後の本にすばらしい文章があることを喜んで、それを慰めとするしかありません。なぜか4年近くも、この本を読まずにいました。先日、偶然手に取って、改めて木田の仕事に感謝したかったのです。敬意をこめて振り返ったつもりでいました。

ところがその後に友人から、哲学の話はねえ、どうもわからなくて難しいですね…と言われてしまいました。ビジネス人の場合、哲学の本なんて読まないでしょう。読んでもわかる本でもないから…と。大体こんな感じのお話でした。そうなのかもしれません。

本や文章に価値があるかどうかは、読む人に依存します。読んで理解できない限り、世評がどうであれ、読む人にとって価値はありません。なぜ読んでも意味が分からないのか、それがまず問題になることだろうと思います。理解のために何が必要なのでしょうか。

 

2 例外的な哲学書:『方法序説』

哲学の本をいきなり読んでもわからないのが普通かもしれません。しかし高校時代から、哲学書を読んでいる人も、そうまれでもないようです。十分に理解できていたとは言えないにしても、読んで面白いと感じた人はそれなりの数にのぼると思います。

大学生に高校時代に読んで面白かった哲学書は何かと聞いてみると、デカルトの『方法序説』をあげる人が圧倒的です。この本なら、いきなり読みだしても理解できます。哲学書の中でも、『方法序説』だけは例外というべきものです。谷川多佳子も言います。

▼『方法序説』はフランス語で書かれ、当時としては例外です。宮廷や貴族の間ではフランス語が用いられていましたが、学術論文や哲学論文はほぼすべてラテン語でした。デカルトは、女性たちにもわかってもらうためにフランス語で書いた、と手紙で述べ、一般の人にわかってもらうためにフランス語を選んで書いた。 谷川多佳子「デカルト『方法序説を読む』」:P.17~18(単行本)

谷川は、小林秀雄がデカルトの直感について[現代的教養といった特殊な知識は必要ない]と言うのを受けて、[たしかに『方法序説』は、研究とか注釈などなくても、皆さんご自身の、心眼、直感、あるいは心の直接的な目で読めるでしょう]と語っています。

当時だけでなく現在もデカルトの『方法序説』が例外なのです。一般に哲学の本を読もうとしたら、解説書の類はあったほうがよいでしょう。実際、わたくしが高校時代にいい加減にでも、哲学書をなんとなく読んでいけたのは解説書を読んでいたためでした。

基礎知識なしにいきなり面倒な本を読んでも、わからないのが一般的でしょう。『方法序説』は日本語で100頁未満であり、普通の書物と同様の文章で書かれています。読む気になる分量と記述形式の条件に合致している例外的な成功事例というべきでしょう。

 

3 読んでもらう工夫

ビジネス文書の中でも、何度となく参照すべきマニュアルの類も、簡単に読まれるものではありません。まず読んでもらえる形式にしなくては、どんなすばらしい内容でも無駄になります。読んでもらえるかどうかということが一番の成功の鍵になります。

かつて関連する企業に、楽々1000ページを超える業務マニュアルを配って、それらが全く読まれないために、手続きの混乱でお手上げ状態になった事例がありました。読んでくださいと言っても、お忙しいし、読む気にならないようです…といういう相談でした。

最初にお聞きしたのは、混乱が収束するのにどうしても必要だという事項だけにすると、どのくらいの分量になりますかということでした。担当者は「200ページ程度です」と即答なさいました。1000ページを超す分量が問題だという意識はあったのです。

しかし200ページに作り替えても、これだけでは読まれないだろうと思われました。それなりに手間のかかる内容の場合、全体の姿が見えてこないと、読む気になりません。こういう場合、30ページ程度で中核部分をまとめたガイドブックを作る必要があります。

さらに1ページで概要を示すものを作ると効果的です。1ページなら読んでくれます。それが呼び水になって、30ページのガイドが読まれるようになるはずです。そうなると200ページのものも見てもらえます。お手上げ状態だった業務が回ってくるのです。

『方法序説』の場合、巻頭に1頁で概要が記されています。さらに約100ページの本分が6つの部に分割されているのです。一つのまとまりが長くならない工夫がなされています。長めの5部・6部でも30ページを超えていません。お見事というべき構成です。

 

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