■谷崎潤一郎『文章読本』:文法を否定的に扱ったことの効果 その3

1 日本語の変化:論理性・効率性

言語は変化していくものです。日本語も変化し続けてきました。変化するときに、どう変化していくべきかということが大切なポイントになります。日本語が論理的でないという感覚はとくに英語との比較で、戦後われわれ日本人が感じてきたことでした。

▼英語は論理的な言葉であり、日本語には論理がない、ということは学校の英語教育の場では常識になっていた。英語には主語があり、動詞があり、補語あるいは目的語がある。とにかく英文法をやれば、上手下手は別として、英作文ができるぐらいに論理的な構造をもっているという実感があった。これに反して、日本語の書き方を国文法で教えるわけにはいかないだろう、というのが一般的な感じ方であったと思う。 渡部昇一『レトリックの時代』「日本語の変容をもたらしたもの」:講談社学術文庫 p.240

日本語を論理的にするためには、どうしたらよいのでしょうか。日本語をやめて英語やフランス語にしても解決になりません。日本語を変えていくしかないのです。しかしあまりに道が遠く見えたかもしれません。そういうとき日本語はダメだと言われがちです。

▼戦後のすべてが反省の対象になったが、いたるところで言われたことの中に、やはり国語がダメだという意見があった。タイプライターを見ろ、日本語のタイプライターは非常に大きくて、しかもポツリポツリと打たなければならない。アメリカのタイプライターはタララララ…といった具合で能率がまるで違う。国語の能率と言われると、皆なはっと思た。 渡部昇一『アングロサクソンと日本人』p.165

ところが戦後の高度成長を経てみると、日本の産業は能率がいい方だとわかってきました。[能率を上げている産業を作り上げた国民の言葉が、そんなに悪いわけがない]ということになります。そういうときにワープロが普及して、決定打となりました。

▼コンピュータのような一番進んだハイテク分野においても、日本語というのが能率的に劣るものではない、なかなかいいものだ、ということがわかってくると、今度は日本語弁護論というのが急に出てくる。 『アングロサクソンと日本人』p.169

戦後直後から高度成長後までの間に、日本語に何が起こったのでしょうか。戦後の日本にとって論理的・能率的な文章が必要でした。学術論文やビジネス文を書くときには必要不可欠なものです。それにそった形で、日本語自体が変化したとみるべきでしょう。

 

2 日本語に変化をもたらした戦後の英語教育

谷崎は『文章読本』で、ドイツの哲学書を日本語訳で読むと、分からなくなると書いています。哲学自体の問題でなく[日本語の構造の不備に原因していることが明らかであります]と言い、[われわれの国の文章が科学的の著述に適しない]とも書いています。

日本語の問題を克服するためにどうしたのでしょうか。[我が国の科学者たちはいかにしてその不便を凌いでいるかと云うのに、読むにも書くにも、大概原語で間に合わせているらしいのであります]。翻訳した哲学書や科学書は意味不明だから原語で読むのです。

しかし1970年代に出版されたヴィトゲンシュタイン全集など、[ある巻のごときは、原文よりもよくわかる]とのこと。わかりやすい日本語になっているのは[翻訳技術もさることながら、日本語自体が変容を遂げたからである](渡部昇一『レトリックの時代』)。

何が日本語の変容を促したのでしょうか。渡部は英語との格闘が日本語を変えたのだと主張します。[敗戦後の英語教育]で英語を直訳的な日本語にすることが、[入試というものがあるおかげで、「実践的に」はすこぶる徹底的にやられている]、その影響です。

▼学校の英語で「直訳」し、入試英語で「直訳」して、意味は何とか通ずるが奇妙な日本語を「書く」ことによって、日本のインテリは最も集中的な日本語作文の訓練をしたのであった。そうして育ったインテリの日本語が、現代の日本の「標準的書き言葉」を形成しているのである。 『レトリックの時代』:講談社学術文庫 p.243

これは戦後の話ですが、以前から日本語を書くとき、欧州言語と格闘していました。谷崎『文章読本』でも、1920年頃[当時私は、今でも多くの青年たちがそうであるように、努めて西洋文臭い国文を書くことを理想としておりました]と語り、さらに言います。

▼初学者にとっては、一応日本文を西洋流に組み立てたほうが覚えやすいと云うのであったら、それも一時の便法として已むを得ないでありましょう。ですが、そんな風にして、曲がりなりにも文章が書けるようになりましたならば、今度はあまり文法のことを考えずに、文法のために措かれた煩瑣な言葉を省くことに努め、国文のもつ簡素な形式に還元するように心がけるのが、名文を書く秘訣の一つなのであります。 『文章読本』:中公文庫 pp..82~83

 

3 谷崎潤一郎『文章読本』の歴史的な評価

谷崎の文章が明確であることは知られています。読んでみればすぐに気がつくことです。「努めて西洋文臭い国文を書くこと」が訓練になったのでしょう。こうした訓練が集団でなされた結果、国語が変化する現象を、渡部昇一は説明しています。

▼中世ラテン語の特質を解明した碩学フリードリッヒ・パウルゼンの言葉を私に思い出させる。彼はローマの学問がギリシアの哲学を吸収しようとして1000年近く努力した結果、古典ラテン語は中世ラテン語に変容したという。つまり、「ギリシア哲学をくぐったラテン語」が中世ラテン語なのであり、それによってのみ、スコトゥスやアクイナスの精密な哲学が可能になり、かつ、深い心情を表現する宗教史も可能になったという説なのである。 『レトリックの時代』:講談社学術文庫 pp..244~245

日本語は戦後、苦労して論理的な効率のいい言葉へと変化してきたと言えそうです。そうした実感を持てるようになったのは、最近のことであり、ワープロの普及が一つの指標になるかもしれません。明治以降、およそ100年間にわたる苦労の結果といえるでしょう。

シェイクスピアの時代、英語でも直感で文章を書いていました。英語が洗練されて本物の自信が出てきたのが18世紀前半とのこと。日本語もこの段階に達したようです。谷崎の『文章読本』は、この過程での、重要な証言を含んだ書物だったと言えるでしょう。

[その1][その2]

[ビジネスと文章の近代化]

 

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