■標準化の方法 2/2:操作マニュアル作成に関連して

1 一番影響のあった操作マニュアル

おそらく操作マニュアルで一番影響力のあったのは、海老沢泰久の作ったNECパソコン向けの操作マニュアルでした。なぜ海老沢泰久のパソコンのマニュアルは成功したのか、そして今、同じ形式のものを作ってもなぜ無意味なのか、その辺を考えてみましょう。

海老沢は『暗黙のルール』というエッセイ集の中で、このパソコンのマニュアルについて書いています。[NECもパソコンの動かし方が分からないという購買者からの苦情に頭を抱えていた]のです。依頼主のNECが本気だったことも大きな成功要因でした。

▼ある調査によると、パソコンの個人購買者のうちの四割が機械を買っても動かせないのだそうで、NECではそうした苦情に対処するために電話による専用の相談窓口を設けているが、その電話自体がつながらないありさまなのだということをあとできいた。マニュアルが誰が読んでも分かるものであればそんな状態にはならないわけで、NECもよほど何とかしなければと思っていたのだろう。

こういうときに、どうしたらよいのでしょうか。NEC側の人も分からなかったのです。[どのように書くかという具体的なアイデアは誰からも出なかった。きっと、どのようにすればいいのか誰も分からなかったのだろう]。海老沢が方針を決めていきました。

 

2 目的地への一本道をわかりやすく記述

海老沢はパソコンなど使ったことがありません。しかし作家なので、文書をどう作ったらよいのか、よくわかっていました。質問をしていきます。[パソコンのユーザーは何がわからないといっているのか]。答えは配線をするところからわからないとのこと。

海老沢の方針は簡単です。[無駄な説明はいっさいはぶき、目的地を定めて、どのように操作すればその目的地にたどりつけるかだけを書く]。目の前で梱包を開くところから見せてもらって、[その手順を誰が読んでも分かるように書く]ことにしました。

もう一つの質問は[メーカーとしてはパソコンのユーザーに何をさせたいのか]。答えは[ワープロとパソコン通信とインターネットの三つはどうしてもさせたい、すくなくともその三つができればパソコンを使ったという気になれる]。これも目的地になりました。

海老沢は説明を聞いて質問をしながらマニュアルを書きあげます。これを実験しました。初心者に[ケーブル接続とウィンドウズ95のセットアップとワープロの使い方の三つを説明した縦書きのマニュアルを渡して]、実際の操作をしてもらうことにしたのです。

セットアップをすませ、ワープロの基本操作もできるようになりました。戸惑う場面もあったので、あとで説明の順番を変更する必要もでてきましたが、最初の方針は間違っていませんでした。目的地への一本道をわかりやすく書くという方針が正しかったのです。

 

3 必要に応じた形式の案出

海老沢のマニュアルが成功したのは、(1)目的地を絞り込んで明確にしたこと、(2)無駄な説明をやめ必要最小限の説明にしたこと…が主な要因でした。(1)のためには利用のモデル化が必要です。(2)のためには標準とすべき操作の選択が必要になります。

利用のモデル化をするためには、シュミレーションが必要不可欠です。可能性のあることをすべて想定しても役に立ちません。対応可能になるためには、可能性の高い汎用性のある類型に絞らなくてはなりません。その絞り込みが標準化の基礎になります。

利用の類型化ができたら、その目的地に一本道で到達する方法を決めます。無駄なことを排除して複数の選択肢から、あえて一つを選ぶことがときに必要です。海老沢の場合、「ローマ字入力」でなくて「かな入力」を標準と決めて、それだけを説明しました。

目的地はどこか、どう行くのがよいのか、これを絞り込んでいくことが標準化の基礎になります。その都度、目的地を絞り、一本道がどれかを検討することが必要不可欠です。機械の操作に関して言えば、機械は進歩しますし、人々のなじみかたも変わってきます。

目的地が変われば、新たなゴールへの到達法も案出すべきです。さらに目的地や到達法の変化に対応した記述形式を作りだすことも必要になります。成功した操作マニュアルの外形や形式を真似するだけでは、使い勝手の良いマニュアルにはならないのです。

[ ⇒ 「その1」はこちら

 

 

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