■ケーススタディの入門書:『星野リゾートの事件簿』

 

1 マネジメントのよい事例集

学生や若い人たち向けにマネジメントの入門的な講義をするときに、具体的な事例があると一気にわかりやすくなります。ニュース記事の中にわかりやすいものがあるとよいのですが、入門者が興味を示す記事を探すのはあんがい大変です。

ニュースを素材にする場合、事前の解説がかなり必要になります。会社の業績がどうなったという記事ならば、業界の状況を含めて、事前に知っておかないといけないことが多々あります。こうした解説をつけなくても理解できる事例は、簡単に見つかりません。

最近、学生から「その本読みたいです」という反応があるのが、中沢康彦著『星野リゾートの事件簿』です。学生の場合、たんに本を勧めただけでは読もうとしません。内容の一部を話してから、いいですよと言うと読みたがる人が出てきます。

星野リゾートという会社はご存じのように、ホテルや旅館を運営している会社です。星野佳路(ヨシハル)という名前はどこかで見たかもしれません。現在の社長は4代目だそうです。これは意外なことでしたが、星野リゾートは1904年創業の100年企業でした。

 

2 顧客満足度を高める必要性

星野の手法は合理的です。具体的な事例がどう展開したのかを後追いしていくと、理解しやすいうえ、展開していく内容に納得がいきます。『星野リゾートの事件簿』は「日経ベンチャー」(現「日経トップリーダー」)に2009年3月まで1年間連載されたものです。

もともと経営者のための雑誌の記事だったようですが、決してわかりにくい内容ではありません。ビジネス人なら気楽に読めます。学生も食いついてくる内容ですから、退屈はしません。この場合、自分ならどうするだろうかと思いながら読んでいけます。

社長の星野は会社説明会でこんな問いかけをします。「山、川、海と3か所のリゾートがあります。この中から1か所ずつを選んで3回旅行に行くチャンスがあるとしましょう。それぞれどのリゾートに行きますか」。ふつう3つのリゾートに行くでしょう。

▼星野は「同じリゾートに再び訪れてもらうのは、それだけ難しい。だからこそ、リピートしてもらえるように顧客満足度を高めることが必要だ。それだけ顧客満足度を上げるのは大切なことだ」と語った。

これで顧客満足度を上げる必要性が理解できます。「新入社員のブチ切れメール」の章では、トラブルになりかねない対応をなくそうとして発言した新人社員の話があります。顧客満足度を上げるには、トラブルを起こす要因を除去することが必要だということです。

 

3 何気ない一言が現実化

「頂上駅の雲海」が最初に置かれています。アルファリゾート・トマムの話です。バブルのときに[一大リゾート地に変貌した]が[バブルに陰りが出始めると、状況はがらりと変わった]。売り上げ増を求めて営業の強化が言われ、コストカットに追われました。

トマムの経営が破綻したあと、星野リゾートが経営を引き継ぎます。裏方のリーダーが語ります。[売り上げを伸ばせ、コストをカットしろと言われ続けていたのに、突然、『お客様の満足が最大の目的』だと言う。会社は売り上げがなければ存続しないのに]。

顧客満足度を上げるために、具体的にどうしたらよいのでしょうか。7人のスタッフはまず「あいさつと笑顔」から始めることにしました。ささやかでも現状よりも良くなることから始めました。あいさつと笑顔なら、コストはかかりません。

さらに[ほかのスキー場の接客の様子を聞き、全員が自分の感じたことをレポートにしてまとめた。それを基に、ゴンドラのスタッフは自分なりにマニュアルを作った]。[スタートから2年近く経たころ、7人はあいさつと笑顔が自然と出るようになった]。

攻めに転じます。[トマムはスキーシーズンの冬場は施設稼働率が高いが、夏場には改善の余地がある。星野はトマムの再生にとって、通年リゾート化が重要だと考えた]。[星野が言った。「トマムの夏の魅力を高めるために何ができるかを考えよう」]。

夏を前にしたある日、ゴンドラのメンテナンス作業をしていたスタッフが早朝の雲海を見て、ぽつりと言います。[お客様にも、この眺めをぜひ見せたいなあ。ここでおいしいコーヒーを飲んでくつろいでほしいなあ]。何気ない一言が現実化していきます。

どうしたらアイデアが実現するか、何が必要なのかに興味を持った人なら、自分で事例を確認していくでしょう。これを別の事例に応用できるか考えることになるはずです。マネジメントの本を読むときにも、具体的な事例の知識が理解を助けてくれます。

 

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