■ブランド戦略の基礎にある個人の力:ジャック・ホイヤーの言葉

 

1 時計業界の「量産から気品へ」

よく知られるように、時計は本来、正確な時間を示すことが中核的な機能でした。それがクオーツ時計の製品化により、時間の正確さは問題ない水準に達しました。正確さを確保するだけなら廉価な製品でも可能です。時計はファッションの一部になりました。

大前研一は『ザ・プロフェッショナル』(2005年刊)のなかで、世界的な時計メーカー「タグ・ホイヤー」の名誉会長だったジャック・ホイヤーの言葉を紹介しています。時計をめぐる大きな変化を、「MASS(量産)からCLASS(気品)へ」と表現したそうです。

[時計が問題解決手法で追及できる技術の世界から、答えの出ない雰囲気の世界へ移った]のです。スイスの時計業界は[世界の0.3パーセントにすぎない狭い市場にみずからを追い込みながら、金額では世界の半分を占めています]と大前は指摘します。

スイスの時計輸出額は、1991年から2011年までの20年間で、約4倍になりました。世界の時計メーカーの売り上げのランキングはここ数年、1位がスウォッチグループ、2位がリシュモン、3位がロレックスとなっています。3社ともスイスの企業です。

 

2 圧倒的に強いスイスのブランド

ここ十年でスイスと日本の差は広がりました。2013年出版の『クオリティ国家という戦略』で大前研一は言います。[セイコーは、時計は精度とコストの勝負だと考えたが、精度技術は世界中に安くつかわれ、コストは中国に支配されるようになった]。

一方、世界一の時計メーカーである[スウォッチは、時計はファッションであり装飾品でありブランドであると考えた]とのこと。[スイスはブランドに特化して輸出数量を減らし、ボリュームベースではなく価格ベースで世界のトップになった]のでした。

こうした事情は数字に反映しています。[2002年と2011年の腕時計の輸出単価を比較すると、スイス製は2万9000円から5万8000円と2倍になっているが、日本製は2400円から1700円に3割下がり、なんと香港と同じになってしまった]というのです。

JETROの「ユーロトレンド 2012.9」によると2012年からタグ・ホイヤーはセイコーからムーブメントの供給を受けることになったとのこと。スイスの部品メーカー[アトカルパの部品は高級品に、セイコーの部品はそれ以外の時計に利用される予定]といいます。

部品でも日本メーカーが、世界の高級ブランドと扱われていないのでしょうか。残念です。2016年の段階で、日本のメーカーは世界シェアランキングで6位にシチズン、7位にセイコー、9位にカシオが入っています。どうすれば復活できるでしょうか。

 

3 ブランド戦略の基礎

今後の日本の課題はブランド戦略になるかもしれません。[スウォッチグループは、保有している16ブランドを価格帯によって「プレステージ&ラグジュアリー」「ハイ」「ミドル」「ベーシック」という4つのレンジに分けている。会社も全部、別々である]。

こうして[ブランドごとの特徴を際立たせ、価格競争に巻き込まれないようにしている]が、これを[ひとつのブランド、ひとつの会社で多様な価格帯の製品を売ると、海外では高価格の製品でも高級ブランドとして認知されない]という事情があるようです。

「タグ・ホイヤー」のジャック・ホイヤーは、セイコーの再生を頼まれたらどうするかという大前の質問に対して、「私を雇えばよい」と答えたそうです。[ブランド戦略を構築するためには1人の優れた人間がいればよい]という考えです。ホイヤーは言います。

「セイコーは時計をつくろうとしている。だが、現在の時計業界は時計を作る競争ではなく、いかにブランドを維持して高い付加価値をお客さんに認めてもらうか、というブランド・マネージメントの競争だ」
「ブランドを維持するためには、1人のプロデューサーがいればよい。ところが、それをセイコーは組織でやろうとする。セイコーに時計を作る職人は大勢いるが、ブランド・マネージメントの職人はいない」
「だから、私のように高級ブランドのマーケティングを熟知しているプロデューサーを1人雇って全部任せればよいのだよ」
(pp..57-58 『クオリティ国家という戦略』)

日本の場合、[「みんなで力を合わせて頑張ろう」という工業国モデルの集団主義が深く入り込んでいるため、「個人」にそこまでの力があるということを認めにくい]という大前の指摘は重要です。時計業界に限らず、日本全体の問題だろうと思います。

[「大量生産時代の工業化社会モデルで必要とされた”横並び均質化教育”が日本の衰退の本質的な原因なのである」]。多くの人が思い当たる事例をあげられるはずです。かつて西堀栄三郎は「出る杭を伸ばす」と言いました。まさにこの点が大切だと思います。

 

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