■ドラッカー『乱気流時代の経営』を読む(その3)

 

1 不確実性とリスクが生むコストの増大

[⇒ドラッカー『乱気流時代の経営』を読む (その1)(その2)

ドラッカーは『乱気流時代の経営』で、事業の存続と成功にかかわるファンダメンタルズとして、(1)手元流動性、(2)生産性、(3)事業継続のコスト…の3つをあげました。中核となるのは生産性です。同時に事業継続のコストが問題になります。

[世界経済および各国経済にとって、生産性の低下に次ぐ最大の危険は、資本形成の減少である](p.43)。乱気流時代になると、今までよりもコストがかかるのです。

乱気流の時代においては、不確実性とリスクの増大という一事からも、資本形成の必要性は増大する。しかも、これからの時代は、社会的にも技術的にも、構造変化とイノベーションの時代となる。そのゆえに、未来におけるリスクはさらに大きくなる。(pp.35-36)
経済発展とは、より大きく複雑なリスクを負う能力、今日の資源を、変革とイノベーションという不確実性に投入する能力の向上を意味する。経済発展は、資本形成の能力、すなわち、過去と現在のコストを賄った上の余剰を生み出す能力にかかっている。(p.33)

具体的なコストとして、ドラッカーは[新しい生産プロセスやオートメ化、環境対策や安全対策のための投資、さらにはこれらに加えて省エネ技術の開発のための投資](p.42)などをあげています。これらは先進的な地位を得るためのコストです。

こうしたコストを賄っていくためには、生産性をあげること、高付加価値化を進めることが必須の条件になります。3つのファンダメンタルズを強調するのも、乱気流時代が今後どう推移するかの洞察が基礎にあるためです。

 

2 技術進歩と先進国・途上国間の生産分担

ドラッカーは二つの重要な洞察を示しています。技術進歩と、先進国と途上国との関係についてです。『乱気流時代の経営』を出版した1980年において[今日、技術進歩は終わったと考えることが一般的になっている](p.63)状況でした。これを否定します。

今日、新しい技術を、新しい製品やサービスに具体化するためのリードタイムが短くなっていると考えられている。しかし、これも実際はそうではない。はるか昔と同じように、およそ30年から40年である。(p.64)
したがって、リードタイムが30年から40年であるとするならば、いまやわれわれは、技術の大変化時代の到来を目の前にしていることになる。(p.65)

もう一つ重要なのは、[グローバルな「生産分担(プロダクション・シェアリング)」こそ、先進国と途上国の双方が等しく必要とする最も重要な協力形態となる](p.128)ということです。

途上国は、技術やマネジメントの能力を必要とする生産段階については、先進国に依存せざるを得ない。先進国の教育と訓練を受けた人的資源に依存せざるを得ない。(中略)
こうして途上国の資源、すなわち伝統的な労働に向く豊富な労働力と、先進国の資源、すなわちマネジメント、技術、人材、市場、購買力が結合する。(p.128)

ドラッカーの洞察通り、その後、技術は急速な発展を遂げ、またグローバルな生産分担の体制が一気に進みました。こうした時代だからこそ、先進国では生産性をあげ高付加価値化の経済構造を生む経済政策が求められます。経済政策だけでなく「経営管理者たち」も[生産性を向上させるための意識的なマネジメント](p.14)が求められています。

 

3 必要不可欠となる業務の見直し・整理

経営責任者つまりマネジメントたる者に必要なのは、次のことです。

経営管理者は、生産性をマネジメントしなければならない。(p.27)
マネジメントたる者は、リスク、変化、イノベーション、今日と明日の若者の雇用に必要なコストを稼ぎ出すという、自らの責任を最も重視しなければならない。(p.43)

生産性の向上に必要なコストの投入が求められます。しかし[経営管理者のほとんど、そして経済学者の多くが、生産性のマネジメントとは、たとえば生産性の高い機械設備によって、コストが高く生産性の低い労働力を代替することであると誤解している](p.27)。

このことは現在も続いているように見えます。とくに日本では大きな問題です。[知識労働力は、肉体労働力と異なり、施設投資によって代替することが不可能である。逆に、設備投資は、知識労働力に対する需要を増加させる](p.29)。ここがポイントでしょう。

たとえば業務システムへの投資は必要不可欠です。しかし業務システムの導入・更新によって、業務が自動的に効率化することなどありません。システム部門の担当になった人が、システム投資の巨大さに驚き、同時にその利活用の非効率さに驚く話は、いまだにというよりも、最近ますます切実な問題になっています。

業務の見直しをしたうえでのシステム導入・更新でなくては意味がありません。また利用のルールを決めてシステムを運用しなくては非効率になります。日本の職場の生産性が低いというのは常識になっています。部門のリーダーたちとお話ししてみても、自社の業務効率に満足している人などいません。業務の見直し、整理が不十分だということです。

 

4 事業見直しのための「問い」

業務の見直しと整理の延長線上に、[企業であれ公的サービス機関であれ、かつては有望だったものをそのまま無数に抱えたまま](p.51)になっている…という問題が生じています。[すでに昨日のものとなった製品、サービス、事業を洗い落とさなければならない](p.52)のです。

ドラッカーは言います。[あらゆる組織が、このような廃棄を計画的に行っていく必要がある。とくに乱気流の時代においてこのことがいえる](p.52)。製品やサービス、プロセスあるいは活動、これらすべてのチェックが必要です。

数年ごとに「まだ手がけていないと仮定して、その後明らかになった新しい知見をもってしても、手をつけることが得策と考えるか」という問いをもって裁かれなければならない。(p.52)

このとき大切なのは、[この問いを発し、その答えに基づいて行動すべきは、組織が苦境に立った時ではない。順調なときである](p.52)。成功体験を否定するのは難しいということです。もし苦境ならば問うまでもなく、事業の全面見直しが求められます。

こうした事業の必要性のチェックは今後も不可欠のものとなりそうです。[今後、大企業の順位は、激しく入れ替わると考えざるを得ない]、[乱気流の時代にあっては、この経済的な新陳代謝が、一層激しくなる](p.78)とドラッカーは書いています。

ますます事業および業務の見直しが大切になるということでしょう。
(⇒事業の見直しについて:『企業永続の理論』を読む再論:GMの事例

 

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